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翌日の昼休み。
大学の中庭で、ぼくらは二人の女子学生と対峙していた。突然の准教授名での直々の呼び出しに、驚き戸惑っている様子だ。
「え、あの、都九見准教授に呼ばれて来たんですけど――千君、それにいつむ~みん★まで……」
一人は『のりまき@2441544MM』こと、名倉 美野里さん。学籍番号はSS8895887。五夢と同じ社会学部だ。ふわふわした雰囲気の女の子で、おとぎ話のヒロインみたいなフリルのついた花柄のワンピースに身を包んで、所在なさげにきょろきょろしている。
「えー―何このメンバー。なんで美野里まで呼び出されてるわけ」
もう一人は『鷹の爪@9554128ZR』こと、沖本 ゆたかさん。いわゆるクールビューティーという形容が似合うベリーショートで眼鏡の女の子だ。学籍番号は『LT2658993』で、ぼくと同じ文学部。そういえば一般教養のクラスで時々見かけたことがあったような気がする。
「君たち――どうしてここに呼び出されているか分かるよね」
「のりまきちゃん。鷹の爪ちゃん。知らないとは言わせないよ~? コ・レ」
ぼくと五夢が颯爽と躍り出ると、彼女たちの書き込みが表示されたFIVESの画面を突き付ける。アカウント名で呼ばれた女の子たちの顔からさっと血の気が引いた。
「えっ。嘘。FIVESで個人情報出してなかったでしょ? どうしてそれが私達だって――」
「絶対は絶対にないもんね★ 辿り着く方法はいくらでもあるってわけ」
五夢が万世先生と都九見准教授に向かって目配せする。すっかりこの非日常的場面に陶酔しているようだ。
「証拠は掴んでるんだ。君たちは、何がしたいの? ぼくたちが付き合ってるなんて良からぬ噂を流して、そんなに迷惑をかけたいの?」
「ちっ、違うの――迷惑だなんてわたし、そんなつもりじゃなくて……ただ」
名倉さんこと、のりまきさんが泣き出しそうな顔でかぶりを振る。
何が違うというのだろう。実際やっていることは迷惑そのものじゃないか。腹の奥で苛立ちを募らせていたら、のりまきさんが突然声を荒げ出した。
「お二人の仲を! 応援したかっただけなんです!」
「は?」
「わたし五ツ星祭で女装の五夢くんと千くんのツーショ写真を見て――落ちてしまったんです」
ちょっと言っていることが理解出来なくてフリーズしていたら、ぼくの背中の後ろから万世先生がひょこりと顔を出してきた。
「――そこの貴方。それはどちらかを好きになった、ということですか」
「好きになった? とんでもない! だってイケメンだらけの空間ですよ? 楽園ですよ? 聖域ですよ? そこにわたしの存在なんて必要ありません! むしろ物言わぬ壁になって千くん五夢くんの仲睦まじくしている様子を末永く見守っていたいんです」
「壁とは……色々な方がいますね」
先生が小首を傾げる。理解がますます追いつかない。
「それなのに鷹の爪ちゃんが、都九見准教授とのほうが萌えるなんて言うから。わたしたちミルイツ派としては、どうしてもツグミルだけは許せなくて。地雷なんです! だから負けない為にももっと二人の良さを広めなきゃって思って皆で協力して――」
「やっぱりミルイツの噂広めたのあんたたちだったのね! エリート准教授×優等生のほうがアツいでしょ断然!」
「何よそれ! そっちだって集団で結託してツグミル拡散しまくってたじゃない! しかも左右逆だし! 解釈違いです! 絶対ハーフイケメン×女装男子のほうが正義なんだから!」
女の子同士、早口でまくしたてながら胸倉を掴んで睨み合っている。どうやら派閥に分かれて壮絶な争いを繰り広げているらしい。ぼくたちはすっかり置いてけぼりだ。
「七五三君。この方々の話しているのはどこの言葉ですか」
「日本語の筈なんですが――専門用語が多くてぼくにもさっぱり」
「つか、そのカケルだかワルみたいな計算式、何?」
「カップリングです!」
よくよく話を聴いてみると、一部の層には自分が「いいな」と思う者同士の色恋沙汰を妄想して楽しむ――という秘密の嗜みがあるらしい。漫画やアニメなんかの二次元のキャラクターが対象になることもあれば、彼女たちのように実在の人物で盛り上がるタイプもいるようだ。彼女たちの楽しみのためだけに、縁もゆかりもない自分達がコンテンツとして消費されているなんて。あまつさえ火の無いところに無理矢理煙を立たせるなんて。正直想像をはるかに超えた嗜好に、ぼくは怒りを通り過ぎて呆れてしまった。
「ああでも、『ご本尊』たちに迷惑をかけるつもりは無かったんです! それなのにだんだんエスカレートしてこんなことになってしまって……ほんっっっとうにすみませんでした!」
ハイテンションのまま土下座せんばかりの勢いで謝ってきた彼女たちに、さっきまで成り行きを見守っていた都九見さんが、
「思想の自由があるからねぇ。脳内で空想するのは好きにやればいいさ。だけど、それをさも事実のように吹聴したのはよくなかったね。SNSは使い方を誤ると――名誉棄損で、告訴に発展するからね~」
お金や社会的地位のある相手を敵に回すと怖いよ? と満面のキラースマイルでとどめを刺す。すっかり怯えて縮こまった彼女たちに向かって万世先生が静かな口調で、嗜めるように告げた。
「たかが噂。されど噂。噂話が『呪』となって人を潰すこともあるのですよ。肝に銘じておきなさい」
「――ごめんなさい。もうしません」
観念したのか、素直に非を認めて謝罪してくれたのでひとまずほっと胸を撫で下ろす。ひとまず『一件落着』といったところか。これでSNS上の噂が発端の怪現象がおさまってくれたらいいのだけど。
しかし。事件はまだ終わらなかった。
彼女たちの話には、続きがあったのだ。
「言い訳するわけじゃないんですが――私達がSNSで噂を拡散したのは事実です。でも、元々それを教えてくれた子がいるんです」
「私も。一般教養の授業で一緒の子に聞いたんです! それで――」
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