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彼女たち二人に案内してもらい――その人物のところへ向かう。
法学部棟のゼミ室。手鏡を片手に前髪のセットをなおしている、すらりと背の高い女性。ノースリーブの黒いタートルネックのサマーセーターに、タイトなロングスカート。背中まである栗色の髪をくるくると器用に巻いてある。
「やっぱり。あの子、噂の五ツ橋ミスコン女王――九谷 絢じゃん! 名前聞いた時にもしかしたらって思ったんだけど――本人だわ」
言われてみると、去年ぼくと一緒にトロフィーを貰った女の子に似ている気がしてきた。花粉症の時期だからか不織布のマスクを付けているので、メイクとマスカラばっちりの目元しか見えない。
「最近女王、SNSに写真アップしないなーって言われててさ。顔に怪我したか、整形失敗したんじゃないかってみんなに噂されてた。元々ヤラセで受賞したんじゃないかとか、気の合わない子苛めてるとかであんまり評判良くなくてさ。浮上しなくなってから余計に色んなこと言われ出してるよ」
情報通の五夢がぺらぺらと話してくれる。ここでもまた『噂』か。そろそろうんざりしてくる。
ぼくらの姿を視界に入れるやいなや、九谷さんは何故か目を見開いて、ぎょっとしたような表情を浮かべた。
距離をとろうとした彼女を遮るように、万世先生が、全く物怖じしない様子でつかつかと歩み寄る。
「待ちなさい。七五三君と二月君についての噂を最初に流した犯人は、貴女ですね」
万世先生が問う。
「何よ。あんた誰? 言いがかりなら一旦事務所を通してから――」
「――そちらの方々に全て聞きました」
マスク越しに小さな舌打ちが聞こえた。
「そうよ。でもだから何だって言うの?」
九谷さんは悪びれず、高圧的な調子で答える。
「あたしは、そこの二人に『実は七五三君と二月君に付き合ってる人がいる』って軽い気持ちで伝えただけ。まさか七五三君と二月君がこんなに人気だなんて思わなかったけどね。ありがちな話だし、噂なんてみんなしていることよ。話題になれて良かったじゃない。有名税みたいなものでしょ」
どうやらこれが一連の噂の原型だったようだ。そこの女の子たちやその仲間を通じて、おひれはひれをくっつけながら伝言ゲーム的に歪んでいったようだけれども。
それにしても。
「軽い気持ちだったとしても、悪意を込めて嘘ついたのは事実だよね。ぼく、九谷さんに恨まれるようなこと何かしたかな」
五夢はどうか知らないけど、ぼくと九谷さんとは去年合同開催されたミスコンとミスターコンの表彰式で一緒に並んだだけの間柄だ。特に恨みを持たれてしまう理由は見当たらなかった。
でも、ぼくの素朴な疑問の言葉に、九谷さんは神経をひどく逆なでされてしまったらしい。
「――あんたには絶対に分からないわ」
チリッと一瞬空気が軋んだ感触を覚える。え、今のは何なんだろう。
先生がおもむろに彼女の顔を見上げる。
「貴女――障りを受けているでしょう。顔に」
はっとしたように九谷さんがマスクの口元のあたりを慌てて掌で覆い隠す。『障り』だって?
「隠していても分かります。正直に話してください」
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