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その後、かなりきつくお灸を据えられたこともあり、噂を流していた元凶の子たちは約束通り嘘の呟きをやめてくれたらしい。そのおかげか、意識まで操られてしまうような妙な力はすっかり無くなったようだ。
「これでやっと通常営業でのびのび遊べるわ~」
と、五夢は懲りない様子だ。
けれども、いったん広まった噂は中々完全には消えてくれず、繊細なぼくはネットに居心地の悪さを感じていた。陰ながら面白がる人は後を絶たないし、人々の昏い好奇心に蓋をつけることは出来ないのだ。
「ふぅん。『デジタルタトゥー』というやつだね。ネット上に一度投稿されてしまった情報は、刺青のように半永久的に残ってしまう。不本意な投稿でも、完全に消すことは難しいようだからね」
三度目の課外授業の時に何気なく准教授に相談してみたら、そんなことを言われた。やっぱり日にち薬しかないのか。あるいは『家』の力で弁護士を雇って運営に削除依頼をかけてもらうか――でも外でこんな厄介事に巻き込まれていたなんて『家』の関係者には知られたくはない。
どうしたものかと悩んでいたら、何故かその晩FIVESがサーバーダウンして、数時間後に復活したと思ったら書き込みデータの一部がごっそりと消えていた。ぼくらがリストアップしていたあらぬ『噂』にまつわる呟きも、大規模なデータ消失に巻き込まれたのか根こそぎ消滅していた。FIVESは自分のデータが無事だの無事じゃないのと大騒ぎになって、とても呑気に他人の噂なんてする雰囲気ではなくなっている。
何はともあれ、結果的にぼくのSNS生活にやっと平和が取り戻されることとなった。
「あっはっは。結果オーライじゃないか――どこかの凄腕スーパーハッカーが、君たちが頑張ったご褒美に気を利かせてくれたのかもしれないね」
都九見さんが微妙に反応しづらい冗談を言って笑う。この准教授はいつだってそうだ。平然とぼくらを煙に巻いて楽しんでいる。
ちょうどその時、ネットニュースでも、うちの大学のサーバーに外部からの不正アクセスがあったという記事が流れてきた。犯人や目的はまだ分かっていないらしい。愉快犯の仕業とも言われている。
「それにしても。どうしてあんな『鏡』がそのへんに出回っていたんだろうねぇ。万世君は何か話していたかい? 噂に強い力を持たせるくらいだから、相当な呪いの力が込められていたんだろう」
「――それが、誰がどういう目的で作ったのかまでは分からないとおっしゃっていました。危険ですよね。九谷さんも、たまたま通りかかりに見つけた露店で譲ってもらっただけだって――そのお店も雲隠れしてしまったようですし。彼女の顔も、元通りに治るといいんですけどね」
「変わることが出来るのが、人の強みだよ。きっかけさえあればね。あとは当人次第さ」
「そういうものでしょうか――結局本質はあまり変わらない気がしますが」
「自分の一番の敵は自分自身。自分の一番の味方も自分自身さ。まずは自分で自分の現状を認めてあげられるかどうかだと思うよ。
ほら、こんなにかっこよくて賢くて毎日立派に生きている優秀なこの私をご覧よ。君もお手本にしていいよ。ウーンえらいえらい♪」
「あ、もうぼく帰ります。失礼します」
都九見准教授の鬱陶しすぎる自己肯定タイムをすり抜けて、ぼくはそそくさと教室を後にすることにした。
ぼくのことを『大切な一員』と認めて受け入れてくれた――大切な人たちの待つ探偵舎に帰るために。
数多町七十刈探偵舎
第五話『おひれはひれ』 (終)
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