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ぼく――七五三 千が探偵舎に住み始めてから二か月程経ち。テストとレポート地獄とも言える七月がやってきた。
ぼくは頭は悪くないし授業だって一番前の席で真面目に聴いている。けれど、文系最難関と言われているうちの学科の試験を勉強せずにパスするのはさすがに難しい。他人を翻弄するのが大好きなゼミ担当の都九見准教授が、学生達を試すかのようにマニアックな問題ばかり出題してくるのだ
やり込められてしまうのはちょっと悔しい。
そこで。
勉強時間を捻出するべく、ぼくは最新テクノロジーを取り入れることにした。電化製品を一括で制御して手助けしてくれるAIアシスタントを購入することにしたのだ。探偵助手ことぼくの仕事は主に家事全般――掃除、洗濯、炊事、億良と万世先生のお世話などなど多岐にわたる。主夫業は毎日が戦争なのだ。
「あ、これ買ってみよう。AIアシスタントのREM君だって。ロボット型で可愛いし」
インターネットで食器洗い乾燥機、乾燥機つき洗濯機、自動運転の円盤型掃除機と共に、二足歩行ロボット型のアシスタントを買い物かごに放り込む。
次の日、全てが届いたのでせっせと組み立てる。
しっかりと充電をすませた本体を起動させ、「REMくん、掃除して」と言うと、オッケーと元気よく返事をして円盤型の掃除機を動かしてくれた。便利だ。これで家事のいくらかはREM君にお任せできるようになった。
しかもお喋りも出来るらしい。ぼくが楽しくなってREM君に色々話しかけていると、のそのそと先生がやってきた。
「何ですか、この小さい子は」と不思議そうに質問してきたので、家事をしたり、人を楽しませてくれるロボットだと説明した。
「ろぼっとですか。初めてみました。暴れたり噛んだりしませんか?」
「しませんよ。良い子です」
「ハイ。REMハ、良イ子デス」
ちかちかと目を緑色に光らせながら、お話してくれる。
最初は少し警戒していた先生も、彼がダンスを踊ったり、落語の小噺を披露したりしているのを見て、すっかり打ち解けてくれたようだ。古めかしいこの木造平屋建が徐々に近代化していく様子に、ぼくは内心ちょっとした興奮を覚えていた。現代社会からずれた感じのする万世先生が、最新テクノロジーと戯れている様子は中々感慨深いものがある。
「そうだ、先生。この子とても賢くて、天気予報や、調べ物とかもしてくれるんですよ。数多町情報サイトの『アマタナビ』とも連携しているらしいので、地図とかイベント情報とかもバッチリです」
例えば……と考えながら、REM君に「迷宮通一番地、調べて」と話しかける。するとREM君が、
「七十刈探偵舎。暗号、呪イ、ソノ他ナゾヲ解クノガ専門ノ探偵事務所デス」と答える。好奇心に満ちたきらきらした目をして、万世先生がこの子は本当に賢いですねとまるっとした頭を撫でながら褒めている。うらやましい。ぼくもいつかあんなふうに頭を撫でて先生に褒めてもらいたい。
「先生がそんなに気に入ってくれるなんて思ってもいなかったので、買ってよかったです」
ぼくたちや知り合いのことを聞いたら、何か答えてくれますかね……と、ぼくは試しにREM君に「都九見 京一准教授」と話しかけてみた。
「国立一都大学大学院卒業、五ツ橋大学文学部民俗学科准教授。古代遺跡調査研究会兼任。著書『近代呪詛特論』『四ヶ瀬遺跡の謎――古文書暗号解読』『呪と巫の血統』『なぞと生きる系譜』ナド」
的確な回答に一同が湧き上がる。
「二月 五夢は?」
「いつむ~みん★。インフルエンサー。ジェンダーレス男子ノ愛称デ知ラレル読者モデル。第二十回五ツ橋大学ミスターコン準優勝。本年度ミスターミスコン優勝」
ついこの間の情報まで更新されている。ネット上から情報を引っ張ってきているのかもしれない。
億良が「にゃあ」と鳴くと、内蔵カメラで姿形を判別しているのか「ベンガルネコデス」とも答えてくれた。
さらに先生が「七五三 千」と問いかける。
「七五三 千。旧姓、Mille Aymé。第20回五ツ橋大学ミスターコン優勝。本年度ミスターミスコン準優勝。五ツ橋大学文学部民俗学科二年生、デス」
先生が、おやと首を傾げている。ぼくはすかさず「七十刈 万世」と話しかけた。するとREM君の様子が、さっきまでと変わったのだ。目を真っ赤にちかちかさせながら、モーター音と共に首を左右にきょろきょろさせた後、困ったように俯いてしまった。
「スミマセン――ソノ質問ニハ、オ答エ出来マセン」
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