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「七五三君――屋台です。焼きそばです。たこ焼きです。なんといっても肉串です」
見た事もないテンションで、万世先生がすたすたと小走りで駆け出してしまった。首の鈴をちりんと慣らしながら、同行猫の億良がそれに続く。やれやれと思いながら、ぼくはお財布片手に先生の背中を追いかける。
今日の先生は相変わらずの黒づくめで、一見ワンピースのような長めの黒装束に、黒い羽織を引っかけている。頭にトレードマークの古い鬼麦のカンカン帽を乗せている。本当は浴衣姿を見てみたかったのだけれど、昨日の今日で準備出来なかったので、それはまた別の機会にお願いしてみようと心に決めた。
先生が斜め掛けしている革製のポシェットから、足を平たくたたんでお出かけモードになったREMくんがひょこりと顔を覗かせているのにうっかり気付いてしまった。よほど気に入ったらしい。あぁ――なんて可愛い生き物なんだろう。
「先生。喉を詰めないように気をつけてくださいね」
「らいじょうぶれふよ」
口に牛肉串を詰め込みながら、先生が頬をいっぱいにしてもふもふ口を動かしている。おそらく「大丈夫ですよ」と言いたいのだろう。先生は薄っぺらい体の割に――本当によく食べる。異空間に吸い込まれるようにあっという間に消えていく屋台の品々。なんだか物が消失する手品でも見せられているみたいだ。
その割にちっとも肉はつかないしすぐにお腹を空かせて床に倒れているので、余程燃費が悪い体なのだろうなぁとぼくは推察している。
「――間もなく午後六時半より、無形民俗文化財――あまた踊りが始まります。皆さま本堂前の櫓へお集まりください」
祭を楽しんでいると、アナウンス放送が流れてきた。
その声を合図にするかのように、日が落ちて薄暗くなりかけた境内に赤々とした提灯の明かりが一斉に点る。熱気をはらんだ夏の空気と幽玄とした光景に、ぼくはすっかり呑み込まれていた。
「ねぇ先生、あまた踊りってご存知ですか。地元に伝わる盆踊りみたいなものですかね」
「今は盆ではありませんが――ここのそれも、似たような興りだとは昔聞いたことがあります。盆踊りは元々この世に戻って来た祖霊の魂を迎え、もてなし、供養するためのものです。生と死の境目が曖昧になりやすい時節に、死者と交流する為の宗教行事ですよ」
民俗学科生の興味から舞台の近くに行くと、文化財保存会のお年寄りたちに混ざって、数多町が誇るゆるキャラの『かずおくん』と『かぞえちゃん』の着ぐるみがちょっと気味悪く傾きながらステップを踏んでいた。その隣には――以前大学のミステリーナイトにメンバーが参加していた、ご当地アイドル『数娘』の三人が、浴衣を短くアレンジした衣装に身を包み並んで踊っている。
こんなふうに町の皆が一丸となって、死者の安寧と平和を願って踊るのだろう。感心しながら見学していると、とんとんと後ろから肩を叩かれた。
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