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「あらあらあらぁ~! 貴方もしかして噂の、迷宮通一番地の探偵サンじゃなぁい?」
「へ?」
振り向くと法被を纏った賑やかなおばさま方が三人。お祭りを運営している町内会の方なのだろう。ぼくは勢いに圧倒されて、あれよあれよという間に取り囲まれてしまった。
「確かにぼくは七十刈探偵舎から来ていますけどーー」
「ほらぁやっぱり! すぐに分かったわよ! だって見るからに探偵、って感じの格好なんですもの」
「聞いたわよぉ、この間の猫探し。見事に三ノ輪さんの所のツクモ君を見つけ出したんでしょ。お手柄ねぇ! ご近所でも話題だったわよぉ」
「それにしてもオトコマエねぇ探偵サン。貴方が来てくれるんだったらおばちゃんも何か依頼してみようかしら」
「いや、ぼくは探偵ではなく、先生の助手でしてーー」
ぼくの訂正は届いていないらしい。
何を隠そう、今日のぼくは白いシャツに蝶ネクタイ、サスペンダーのついた乗馬パンツ、おまけにチェックの山高帽といういかにも『探偵』らしい特注のコーディネートで固めている。立派に探偵舎の一員に見えるよう、先生の隣に並び立てるように、まずは形から入ってみることにしたのだ。
もちろん先生からいただいた鼈甲フレームの伊達眼鏡も忘れずにかけている。レンズの類を通せば、ぼくにも人ならざる者の姿が視えるのだ。先生と同じように。
「うふふ。ところで、『かさね祭』は楽しんでくれているかしら?」
「はい! お陰様で」
「よかったわぁ! 六年前から、ここの神主さんのご厚意で祭りをするようになったのよ。数多町ってほらぁ、田舎だから中々娯楽がないでしょ? 最初の頃は手探りだったけど、貴方みたいな若者が楽しみに来てくれたらオバチャンたちも嬉しいわ」
「今年でもう七回目になるなんて早いものねぇ。ここの神主さんーー北山さんっておうちなんだけど、元々殆ど人前には姿を見せなかったのよ。こんな山奥だしね。それがどういうわけか、ある時期から急に町内会に関わり始めて、うちの山で祭りをしないかって言い出してくれてね」
「それまで殆ど会ったこともなかったのよねぇ。こんなイベント事でもなければ累山に近寄る機会も中々無いし」
「襲神社さん、確か息子さんと器量よしの娘さんもいた気がするのよね。あそこ、奥さんが早くに亡くなったから神主さんが男手一つで育て上げるのは大変だったでしょうねぇ。最近見ないけどどうしてるのかしら」
「あぁ、加三音ちゃんね。時々巫女さんのお手伝いしてた子でしょ。縁談が来てたって話だし、結婚して出ていったんじゃないの? お兄さんは……何ていったかしら。あまり印象に無いわねぇ」
「あ、そろそろぼく行かないとなので。失礼します! これからも七十刈探偵舎を宜しくお願いしますね」
世間話がどこまでも続きそうなので、にっこりと笑顔で手を振る。このままでは、会ったこともないここの神社のご家庭事情に、妙に詳しくなってしまいそうだ。
「あれ。先生……?」
ようやく振り向くと、さっきまで傍にいたはずの先生達の気配が消えていた。
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