第六話「かさねまつり」~惨劇の夏祭り~

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「ーーあ、先生! こんなところにいたんですか。探したんですよ」  持たせた携帯電話のGPSを頼りに探し当てると、少し離れた木陰に万世(まよ)先生は座り込んでいた。  返事が無いので近くに寄ってみると、木の幹にもたれかかったままなんだかぐったりとしている。億良(おくら)を抱っこした姿勢のまま――首をうなだれて、動かない。眠っているのかと思って近づいてみたところ、僅かに目が開いているので、そういうわけではないらしい。 「先生。先生。どうしたんですか。具合でも悪いんですか」 「――…………」  お祭りの人混みに疲れたんだろうか。  あるいはこの蒸し暑さのせいかもしれない。先生はそんなに体力があるほうではないし、全身真っ黒な服を着ているので余計に暑いに違いない。  手を握ると、指先が冷えている。苦しげに息をしている先生の、上着を脱がすと首の詰まった服の襟元を緩める。急いでリュックから水筒を取り出すと、どうにかこうにか水分補給を試みた。先生はいつも水にうるさいので、中身はうちから持ってきた湧き水だ。時々先生が早起きしてどこかの山から汲んでくるのだ。 「――気分はどうですか?」  手持ちの水筒が空っぽになる頃には、こころなしかさっきより顔色が良くなったような気がする。けれど、念の為にもうちょっと冷えた飲み物を摂取させて休ませたほうがいい、とぼくは状況判断した。 「億良(おくら)。このまま、先生のこと見ててくれるかな。ぼくは何か先生が飲めるものを探してくるから」  さっきから心配げにみゃあみゃあと鳴いていた億良(おくら)が、小さく頷く。彼女の言葉は分からないけど、どうやら承諾してくれたようだ。翠色の目をこちらに向けて「気をつけるんだぞ」と言ってくれている感じがした。このベンガルネコの億良(おくら)は、猫の身でありながられっきとした探偵で、人間顔負けの賢さなのだ。  きっと先生のことを守ってくれるだろう。  夜店で売っているジュースやラムネは、合成着色料の類が苦手な先生のお口には合わない。  耳を澄ますと、比較的近くのほうでさらさらと川の音が聞こえてくる。山の上のほうの清い水であれば、先生にも飲んで頂けるはずだ。  ぼくは心を決めて、境内のさらに奥、山の中を探索してみることにした。  
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