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水音を頼りに、社殿の裏側の山道をひとり歩いていく。
累山の襲神社、だっけ――ここは山全体がご神体なのだろうか。はるか山の頂上のほうまで、道を示すように鳥居が沢山並んでいる。
しかも、珍しいことに真っ黒に塗られた鳥居ばかりだ。こんな色の鳥居は初めて見た。何か意味があるのだろうか。
『皆さまお待ちかね、かさね神輿が間もなく午後七時からコースを出発します。皆さん、ふるってご参加ください――』
遠くのほうからアナウンスと、人々の喧騒が聞こえてくる。
どこのお祭りでも、お神輿はメインイベントのようだ。でもぼくの頭の中は万世先生のことでいっぱいだった。早く新鮮なお水を汲んで、先生のところに戻ってあげないと。
「!――何をしているんですか。こんな所で」
暫く進んだところで、急に視界が眩い光に持っていかれた。
前方から懐中電灯の明かりに照らされたのだと気付く。
現れたのは――白い狩衣に黒色の袴をつけた、いかにも神職といった感じの男性。痩せた頬と顔じゅうに刻み込まれた皺を見るに、歳の頃は五十代半ばくらいだろうか。祭りの日だというのに、どこか辛気臭い雰囲気の人だ。
「わ。すみません――ここの神主さんですか?」
「ええ。私はここの神主の北山――、北山 吉三と申します。失礼ですが、お祭りにいらした観光客の方ですか?」
「まぁ――そんなものです」
無意識に先生の口癖がうつってしまった。
ぼくは生まれも育ちも日本だけれど、生まれつきの金髪に青い眼をしているので見た目だけなら外国人に見えなくもない。服装も英国風探偵スタイルなので、哀しいかな異邦人感に拍車をかけている。変に怪しまれてもいけないのでそのまま観光客のまま通すことにした。
「日本語がお上手ですね。お祭りからはぐれて道に迷われたのなら、お帰り道はあちら側ですよ。鳥居に沿って歩いていけば本殿のほうに辿り着けるはずです。せっかくなので神輿も見て行ってください。あと一時間くらいは、敷地内を練り歩いているはずですよ。ここの山道を一周した後、本殿の裏に広がる禁足地――聖なる土地に戻ってくるんですよ」
神主の北山さんがふと山道の脇の崖下のほうを見やる。ちょうど神輿が参道脇を通り抜けていくのが遠巻きに窺えた。男勢を中心に二十人ばかりが集まって、大きな木の箱みたいな、木製の質素な櫓の乗った台を支えて運んでいる。櫓には何かのお札が貼ってあるのが見えた。
「どうもご親切にありがとうございます。ところでもう一ついいですか」
「えぇどうぞ」
「この辺りに、その、川はありますか……? ずっとさらさらと水が流れているので気になって」
ここの主に直接聞けば水場についての情報も得られるだろう。そう考えて気軽に尋ねてみたら、神主の様子がいきなり豹変した。
眉間に皺を寄せた険しい形相。
「――余計ナコトヲ知ル必要ハナイ」
人が変わったかのようにどろりと昏い目を向けてきたので、思わず背筋がぞくりと粟立ってしまった。
「えっ……?」
「あぁ、いえ。気にしないでください。
――間違っても、鳥居の外には立ち入らないでくださいね。もうじきこの辺りも真っ暗になって危険ですから」
今のは? なんだったんだ?
取り繕った神主の様子に、ざらざらした違和感が残る。
「祭儀の用意がありますので、これで失礼します」と黒鳥居をくぐりながら遠ざかっていく神主の後ろ姿が見えなくなるのを見計らって。
ぼくは思い切って鳥居の道をそれてみることにした。
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