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三隅さんの姿を、最後に見たのは。
大学一年の時の冬休み。屋敷の窓からだった。
スマートフォンに、卒業以来すっかり疎遠になっていた彼女からのメッセージが届いたのだ。
『おうちにいる? 会いに来たよ。今、門の前にいるよ』
メッセージに気付いて、急いで部屋の窓から確認する。
はるばる、ぼくに会いに来てくれたらしい三隅さんが、門前の道路から手を振っているのが小さく見えた。
向こうにも、二階の窓を開けたこちらの姿が見えたらしい。
彼女も彼女なりの大学生活を送ってきたのだろう。トレードマークのポニーテールを下ろして少し大人びた印象に変わっていた。真っ白なダッフルコートを着込んで、同じ色のミトンの手袋をつけていた。
『千君、門を開けて。ここまで下りてきて。久しぶりに話そうよ。会いたいの。伝えたいことがあるから』
スマホに、彼女のメッセージがまた表示される。
ざわり。胸騒ぎがする。
この感覚は、いけない。
叫ぶも、声が届くはずがない。
ぼくは必死でスマートフォンを操作し、彼女への返事を打ち込んでいた。
駄目だ。危ない。お願いだ。
待ってくれ。帰ってくれ。
今のぼくに近付いたら――。
ぼくにそんな強い感情を向けてしまったら――。
『――来 な い で』
その四文字を打ち込んで送信しようとしたところで、指が震えた。けたたましいブレーキ音とクラクションの音が聞こえた。
彼女の体が嘘みたいにふわっと大きく跳ね、宙に浮いてーー落下する。
目の前で繰り広げられるコマ送りの悪夢に、ぼくは硝子ごしに何度も絶叫していた。
見通しのいい筈の道で、脇見運転の車が突っ込んだのだと――、
後に、彼女の家族から聞かされた。
手には小さな金属製のボタンが、しっかりと握りしめられていた、という。
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