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第九話「あかしや」~謎だらけのテーマパーク~
数多町七十刈探偵舎
第九話「あかしや」
レポート地獄が終わり大学の夏休み期間に入ったので、頑張った自分へのご褒美に、万世先生を連れて数多町の外にお出かけすることにした。
今日は探偵舎への依頼も入っていない。
まずは、人語を理解するベンガルネコの億良に留守中の探偵舎の番を丁重にお願いする。探偵猫である彼女は、そこらへんの普通の猫達より――下手をすれば普通の人間達よりも、ずっと賢くしっかり者なのだ。ぼくには猫の言葉は分からないけれど、「にゃ」と短く鳴きながら気遣わしげに頷いてくれたので、きっと頼まれてくれたに違いない。
億良と、小型AIロボットのREM君、そして地縛霊のサラリーマン七保志さんというメンバーに生暖かく見守られながら――ぼくは意を決して、探偵舎の主である万世先生をおびき寄せにかかる。
「今から一緒にお出かけしましょう、先生!」
「……? 君はいつも突然すぎるんです、七五三君。今日は家に居る日と決めてあるので出かけるつもりはありませんよ」
「目的地のレストランにはステーキもあります。分厚い国産牛のお肉を焼いてくれるそうですよ! 美味しそうですね」
「! お肉……」
肉の気配を察知してぐらついた先生を首尾よく引きずり出し、あらかじめ迷宮通入口に面する大通りにつけさせておいたマイカーの助手席に押し込んだ。まだ行き先については何も知らせていないが詳しい話はドライブしながらでもいいだろう。意気揚々とアクセルを踏み込む。
目的地は隣県の臨海地区。
ここ数多町から二時間程車を走らせた先にあるアミューズメントパーク。
その名も――『アカシヤキングダム』。
『アカシヤ』という全国で謎解きイベントをプロデュースしている企業が作ったテーマパークだ。経営破綻で閉園してしまった遊園地の跡地をそのまま買収して、大規模謎解きアミューズメント施設としてリニューアルオープンさせたのだ。
黒づくめのひらひらした装束の上にシートベルトをきちんと締め、隣の助手席におさまっている先生に行き先についての説明をしたところ、
「すてーきらんち定食は、いーすとえりあで提供されているようですね。ふむ……」
先生が慣れない手付きでスマートフォンを操作し始めた。テーマパークについて調べているらしい。良い言い方をすればレトロきわまりない生活を長年送っていたらしい万世先生は、世俗全般に疎い。タイムスリップしてきた昔の人のような有り様だ。どうやってこの現代で生き延びてこられたのか不思議なくらいだ。
ぼくが助手として住み込みを始めたのをきっかけに、文明の利器に触れ始めたばかりなのだ。
いい大人がぎこちなく機械を操作している動きが妙に愛らしく思えて、ぼくは運転席で必死ににやつきそうになるのをこらえていた。
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