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幕間「数多夜噺」~真夏の夜の怪談遊戯~
数多町七十刈探偵舎
幕間「数多夜噺」
酔いの混じった緩慢な夜の空気が、部屋を支配していた。
しゃぶしゃぶをたらふく食べ終えた後、何故か来客の都九見准教授と五夢に帰ろうとする様子は無く、夜九時を過ぎても酒杯を傾けながらだらだらと探偵舎の応接間に居残っている。
「皆、そろそろ終電無くなりますよ」
と、台所の片付けを終えたぼくが、親切心で声を掛けた。
数多町の交通手段はバスしか無い上に九時半には終電を迎えてしまう。そうなると、隣町にある電車の駅まで徒歩で歩いて行くしかない。五夢の家も都九見さんのマンションも町外なので、そろそろここを出発しないとまずい筈だ。
すると二人は駄々っ子のように両脇からぼくに絡んできた。
「えー。オジサンもう随分呑んだもの。歩いてバス停に行くのが億劫だよ~」
「ツグセン全然酔ってないでしょ。今からゆっくり歩いたら間に合いますから、さあどうぞお帰りください」
「もう今日お腹いっぱいで動けないからミルんとこ泊まる~」
「ここは万世先生の家だし、そんなこと勝手に決めちゃ……」
なんとこの二人。万世先生の家に無断で宿泊するつもりらしい。肝心の先生は今ちょうどお風呂に入っていらっしゃるので、判断を仰ぐことが出来ない。
「大体、この家に客間はありませんよ? どこで寝る気ですか」
「じゃあさ、ミルミルのベッド入れてよ! トモダチのよしみでさぁ。でっけぇの部屋にあるじゃん!」
「えー。五夢、寝相悪すぎるしなぁ……」
鬼戒村の宿舎で隣に布団を敷いたら、いつの間にかぼくの布団にまで乗り上げてきたのだ。同じベッドになんて入れたらぼくが蹴り落とされてしまいそうだ。
「あはは。そしたら私は万世君の部屋にでも泊まろうかなぁ」
「先生の代わりに断固拒否します。とにかく帰ってください!」
調子に乗ろうとする都九見准教授を睨みつける。あぁもう。どいつもこいつも勝手なことばかり言う。ぼくが二人をどうにか帰路につかせようと応接間の戸を開け放ったところで、風呂上がりの良い香りを纏わせた万世先生と鉢合わせた。首にタオルを引っかけ、部屋着にしているマキシ丈の黒シャツをゆるりと着込んでいる。ぼくが先日量販店で買い与えたものだ。だらっとした着心地がどうやらお気に召したらしい。
探偵舎の主はぼくらの様子をしげしげと眺めた後、
「……泊まっていくのですか? あいにく部屋はありませんが、この応接間で良ければどうぞ」
と、あっさり承諾してしまった。
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