幕間「くどくど」~准教授と記者の酒席談議~

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幕間「くどくど」~准教授と記者の酒席談議~

 数多町(あまたちょう)七十刈(なそかり)探偵舎(たんていしゃ)  幕間「くどくど」  「げっ、ツグセン。何の用ですか? 今日はダメです! ……とにかく、絶対にダメなんです! 先生には会わせません。すみませんが諦めて帰ってください」  研究室帰り。  いつものように七十刈(なそかり)探偵舎を冷やかしに来たはいいものの、理由も告げられないままに、我が教え子の七五三(しめ)君に冷たく門前払いを食らってしまった。  暇潰しと晩ごはんのアテが外れ、微妙に時間を持て余した私は、せめて近辺で何か腹に入れておこうと数多町(あまたちょう)三の筋にある『数多(あまた)商店街』を訪れたのだった。  ここには昔ならではの風情を残した食堂や喫茶店が軒を連ねている。七五三(しめ)君の手料理の口になっていた私は、なんとなく和食が恋しくなって、商店街の端にある小料理居酒屋『神成庵(かみなりあん)』の暖簾をくぐることに決めた。何度か来たことがあるけれど、ここの女店主さんの作るつまみ料理は絶品なのだ。  レトロな商店街の中でも、ただ古いばかりではなく、どことなく明治大正を思わせるハイカラさを取り入れた洒脱な店構え。棚には店主が目利きした珍しい銘柄の全国各地の日本酒や焼酎の瓶が並んでいる。季節ものや限定醸造ものも豊富だ。喉が鳴る。 「――あ。都九見(つぐみ)先生じゃないですか」 「おや。君は」  カウンターに見知った顔を発見した。  私の優秀な記憶力によると、彼は確か恒河社(ごうがしゃ)の記者、八壁(やかべ) 六美(むつみ)君だ。紺色のポロシャツにチノパンという動きやすそうな格好。さらっとした茶髪を首の辺りまで伸ばしている。いかにもラフな業界人らしい出で立ちなので印象に残っているのだ。 「八壁(やかべ)君じゃないか。奇遇だね。数多町(あまたちょう)に来てたのかい」  彼とは以前、私の呪詛学の講義の取材を受けたことがきっかけで顔見知りになった。五月の春の学祭で開催した『ツグミステリーナイト』当日は残念ながら参加できなかったそうだけど、後日あらためて取材を受けて数多町の呪われた地名についての特集記事を書いてもらった。オカルト雑誌にコーナーを持っているだけあって、界隈の知識もそれなりに豊富に持っているので話が弾むことこの上ない。 「えぇ! ちょうど取材の帰りなんですよ。久々にビッグなネタを入手出来たので、ひとりで軽く祝杯(トースト)を上げようとしていたところです」  生ビールのグラスをくい、と持ち上げた。まだ泡がきれいに残っている。彼もまだ来たばかりに違いない。 「それは良かったねぇ。隣――いいかい? 良かったら一緒に呑もうじゃないか」 「ええ。こちらこそ。オカルト研究の大家(たいか)である都九見(つぐみ)先生とご一緒出来るなんて、光栄ですよ」 「あっはっは。褒めすぎても何も出ないよ?」  色とりどりのタイルが貼られたカウンター席の隣に座ると、生中(なまちゅう)を注文する。ほがらかな笑顔が可愛い、ホールの着物姿のお姉さんの運んでくれたジョッキを受け取ると、私達は久々の再会と彼の仕事の成功を祝して軽快に乾杯した。
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