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第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~
数多町七十刈探偵舎
第十三話「わたしはだれだ」
九月も中頃に差し掛かり。
長い夏期休暇が終わると遊び疲れた学生達がぞろぞろと大学へと戻ってくる。待ちに待った新学期のスタートだ。
このぼく――七五三 千は授業に出席しながら、隙間時間を利用して担当指導員の研究室で資料探しに励んでいた。
夏の間に数々の事件と遭遇したぼくは、万世先生の助手としてもっともっと力を付けるべく呪術や怪異について自主的に学ぼうと思い立ったのだ。いい感じに内容をまとめれば民俗学科の後期分のレポートとして提出出来るかもしれない。
「お勉強が捗っているようで何より何より」
気配を察知させずにぬっと覗き込んできたのは、大きな銀縁の丸眼鏡をかけた端正な顔。この研究室の主でぼくの指導員――ツグセンこと都九見 京一准教授だ。ここ数ヶ月の仕打ちですっかり耐性がついてしまったぼくは平静な態度を決め込む。「人が嫌がる様を見るのが好きでたまらない」というひねくれた嗜好を持つ彼をみすみす喜ばせたくない。
「嬉しいねぇ。ここのところ毎日私の研究室に通ってくれるじゃないか」
「コアな資料までやたらと揃っているので丁度良いんです。別にツグセンに会いたくて通っているわけではないので勘違いしないで下さいね。役に立つような助言なら歓迎しますけど」
「君さぁ――最近少し万世君に似てきたよねぇ」
「えっ、どの辺りがですか? ――あっもう!」
一瞬喜びかけた隙をついて、准教授がノートをぼくの手から取り上げる。「ふぅん」とにやにや笑いで一瞥をくれた後、壁一面に並べられた書物の中からひょいひょいと四、五冊程ピックアップしてぼくに手渡してきた。どの場所にどの本があるのか完璧に記憶しているらしい。内容も。
「はいこれ。参考文献。古来からの呪術師の系譜や歴史を紐解きたいならこの辺りの本が役に立つと思うよ。関係する過去の論文のデータも後で送っておくから分かりづらい部分があったら質問しに来なさい」
「あ、どうも」
珍しく指導員らしいことをしてくるので驚いていたら、
「ふふふ。七五三君はゆくゆく私の研究を継いでくれる良い後継者になるかもしれないからねぇ」
「なりませんよ! 勝手に決めないでください」
「あっはっは。遠慮しなくていいのに。学問の道は険しく果てしないけれど、やる気がある子は大歓迎さ。鍛えさせてもらうよ」
勝手に盛り上がっている准教授に辟易していたら、SINEアプリにメッセージが舞い込んできた。
親友の二月 五夢からの呼び出しだ。
彼とは夏休み中にもしょっちゅう連絡を取り合って遊んでいた。にも関わらず新学期が始まってからも呼び出しを受けるとは。
呪われた『体質』のせいで中々友人と呼べる存在に恵まれなかったぼくだけど、こんなふうに親しくしてくれる相手がいる嬉しさを噛みしめかけたところで――違和感に気が付いた。
彼のメッセージの雰囲気がいつもと違っていたのだ。
『緊急でオカ研まで来て。相談がある』
明らかに元気も無ければ、余裕も無い。
賑やかな絵文字や顔文字すらついていない。
大事な友人の一大事だとしたらじっとしてはいられない。
ぼくは纏わりつく准教授を押し退けて研究室を飛び出すと、オカルト研究部――通称オカ研の部室のあるA棟へと急ぐのだった。
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