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その時、おもむろに宿の扉が開いて、中から女将が現れた。
「…あんた…どうかしたのかい?」
女将はポケットの中からハンカチを取り出すと、涙を流すジュリアンにそっと手渡した。
「あ…あの、女将さん、俺のせいでとんでもないことに…」
ジュリアンはハンカチを握り締め、絞り出すような声でそう言った。
「どうしたんだい?
あんたが私に何をしたっていうんだい?」
「…それは……」
その時だった。
「おばぁちゃ~ん!
僕も一緒に行く~!」
宿から小さな子供が駆け出して来たのだ。
「あらあら、サミュエル。
おねむだから行かないんじゃなかったのかい?」
「やっぱり行く~!」
「そうかい。じゃ、一緒に行こうね!」
「わぁ~い!」
(孫が亡くなったと聞いていたが、なぜ、女将はこんなにも冷静なんだ?
他にもこんな孫がいるからなのか?
いや、そんなわけはない。
いくら他に孫がいるからって、これほど平気でいられるわけがない。
第一、こんな時に一体どこへ行くというんだ?)
「…あの、女将さん、こんな時にどこに行かれるのですか?」
「どこにって、市場さ。
夕食の買い出しに行くんだよ。
こんな時ってのはなんだい?」
「だって…それは…
あ、女将さん、その坊っちゃんはお孫さんなんですか?」
「そうさ。サミュエルっていってね。
どうだい?可愛いだろう?
私の自慢の孫なのさ!」
そういって女将はサミュエルを抱き上げ、ピンク色の頬に愛しそうにキスをした。
「他にもお孫さんがいらっしゃって良かった…
いや、他にいるから良いってことじゃないんですが…」
「他にも?
おかしなことを言うね。
私の孫はこのサミュエルだけさ。」
「えっ?!では、崖から落ちたお孫さんっていうのは…」
「サミュエルが崖から落ちたぁ?
縁起でもないことを言わないでおくれ!
気分の悪い男だね!」
女将はジュリアンを睨みつけ、なにやらブツブツ言いながら去って行った。
(…一体どうなってるんだ?
あの話は間違いだったとでもいうのか?)
ジュリアンは狐につままれたような気分でその場に立ち尽くしていた。
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