衝動

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しかし、そんなことをしている場合ではないのだ。 こうしている間にもサミュエルの身に何事かが起こってしまうかもしれない。 そう思うとジュリアンの気持ちは焦るばかりだった。 (なんとしてでもここから早く出ないとな…!) 考えあぐねた末に、ジュリアンは作り話を思いついた。 「実は…俺には昔からちょっと不思議な能力みたいなものがありましてね。 この町に来る前に夢を見たんです。 小さな男の子が崖から落ちる不吉な夢でした。 それがなんと、この町に来たら夢で見たあの男の子が目の前にいるではないですか! いや、驚いたのなんのって… 俺はなんとかしてあの子を助けたくて…! いや!不吉な運命からあの子を救える者は俺しかいないのです!」 宿の女将の証言で、ジュリアンが確かにサミュエルが崖から落ちたのなんだのと言っていたこと、日にちがわからなかったり、まるで目の前に誰かがいるかのように一人で怒ったり話をしていたことを目撃した者が何人もいること、現実にサミュエルに危害を与えるようなそぶりを見せたことは一度もなかったこと等から、ジュリアンには悪意はなく、少し頭がイカレた哀れな男なのだと理解された。 その結果、ジュリアンは晴れて釈放とはなったが、サミュエルには絶対に近付かないようにと厳重に言いつけられてしまった。 もう宿の近くでサミュエルを見張ることは出来ない… では、どうすれば…? ジュリアンは頭を抱えた。 (…そうだ…!) ジュリアンの頭の中に、あるアイディアが浮かび上がった。 ジュリアンは慎重に崖を降りると、地面に居座る大きく固い岩を取り除く作業に取り掛かった。 採掘作業には慣れたジュリアンだったが、それでもその岩を取り除くのには五日もかかってしまった。 岩を取り除いたあとには柔かい土を運びならした。 ジュリアンの作業はそれだけでは終わらなかった。 次の日からジュリアンは枝や木片を拾い集め、崖の周辺に柵をめぐらし始めた。 柵があれば、小さな子供が誤って落ちてしまうこともほぼなくなるだろうし、万一落ちたにしても、もうあの大きくて固い岩はないのだ。 ジュリアンには、これでサミュエルの命を救える可能性はうんと高くなったように思えた。 やがて、運命の「あの日」がやってきた。 ジュリアンはまだ夜が明けきらないうちから、柵の前でじっと座って待っていた。 やがて昼になり、太陽が傾き星たちにとって変わってもジュリアンはまだその場に座っていた。 こんなにも一日が長いと感じたのは、ジュリアンにとって初めてのことだった。 やがて、丸一日が過ぎ、次の朝がやって来た… 「やった~~~!」 ついに運命の一日が過ぎたのだ。 サミュエルは崖には現れなかった。 それはすなわちサミュエルは死なずにすんだということ… そうは思いながらも、ジュリアンの心の中にはまだ拭い去れない不安が居座っていた。  
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