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ジュリアンが祈るような気持ちで宿の近くに身を潜めていると、宿から女将に手をひかれたサミュエルが出てくるのが見えた。
「よ、良かった…無事だったんだ…」
ジュリアンは溢れ出た涙を指で拭った。
「これでもう大丈夫だよな…!?
サミュエルは崖から落ちることはないよな?」
『そうだな。
あれだけ柵をめぐらしたのだから、崖から落ちるのは至難の技だな。』
「良かった…本当に良かったぜ。」
『……しかし、何もあれほどのことをしなくても良かったのではないか…?』
「なんでだ!サミュエルは崖から落ちて死んだんだぞ!
だったら、落ちないようにするしか助ける手はない!
違うか?!」
『サミュエルが崖に行かなければ何事もなかった…』
「え…?」
ジュリアンは、呆けた顔でエレスの次の言葉を待った。
『つまりだな…あれは、おまえが女将に水晶をやったことに端を発しているのだ。
おまえが女将に水晶をやりさえしなければ、サミュエルは水晶に興味を示す事はなく、水晶を取りに崖の方にも行かなかったのではないか?』
「な、な、なに~~?!
おまえ、もしかして最初からそのことに気付いていたのか?
気付いてて黙っていたのか?!」
『いや、まさかおまえがそのことに気付いてないとは思わなかったものでな…』
「く……」
エレスの言葉に、ジュリアンは怒りがこみあげるのと同時に、馬鹿馬鹿しくて力が抜けていくのを感じた。
まわりからはおかしな奴だと思われ、ブタ箱にまで放り込まれ、毎日一銭の金にもならない重労働をしたのは何のためだったのか…
しかし、こいつに腹を立てても無駄というものだ…
サミュエルは無事だったんだ…それで良いじゃないか…
そう自分に言い聞かせながら、ジュリアンはとぼとぼと町を後にした。
*
「お~い!」
振り向くと町の方から体格の良い男が走って来ていた。
ジュリアンにはまるで見覚えのない男だったが、周りに誰もいないところをみると、自分を追いかけてきているように思えた。
「良かった…間に合った…」
男は相当走って来たとみえて、苦しそうに肩で息をしている。
「あんたは?どこかで会ったことあったかな?」
「お…俺はジャン。
知り合いじゃないが、あんたに一言礼が言いたくてな…」
「礼?」
「柵を作ってくれてありがとうよ。
……実は、俺の娘は三年前にあの場所で死んだ…
まだ四つになったばかりだった…
危険な場所だとわかっていながら、俺はあの場所に近付くのがいやで何もしなかった。
あんたがなぜあんなことをしてくれたのかはわからないが、とにかく、あんたのおかげで頑丈な柵が出来た。
これから先はあの柵のおかげで俺の娘みたいな不幸な出来事は起きないだろう。
本当にありがとうよ!」
そう言って、ジャンはジュリアンの身体を抱き締めた。
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