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「おーい、お前らも歌えよ」
やめて、と声を出しかけた時、前の座席からカラオケのリモコンが差し出された。
「……俺は良いよ」
「じゃあ俺が」
蕗口の手があっさり離れてリモコンを受け取ったのでほっとする。微妙な空気を感じ取ったのか、声をかけてくれた前の座席の彼が「なんかごめんな」と一言謝ってから顔を引っ込めた。むしろありがとうと言いたい。
何もなかったように、蕗口は操作したリモコンをさっきの彼と同じように後ろの座席へ回した。
「なに歌うの」
「適当に盛り上がるやつ」
しばらくして順番が来てマイクを握った蕗口の歌声は、圧巻だった。歌ったのは激しめの邦楽ロックで、少し前にCMにも起用されていた曲だ。高低差が激しく英語の歌詞も多いのでかなり難しいと思うけれど、つらそうな表情を見せることなく歌い上げ、宣言通り見事盛り上げた。
「歌上手いね」
「惚れた?」
「女の子だったら惚れたかもね」
お世辞じゃなくそう思う。俺は男だけど。
「つれねーの。アンタは?カラオケ苦手なタイプ?」
「いや、そういうわけでもないけど……」
大勢の前で歌うにはテンションが低い。下手な選曲をすると盛り下がるだろうし。
「ふーん。じゃあ今度2人でカラオケ行こうよ」
すごいな、流れるように誘われた。
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