焼き鳥屋(篤の話)

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焼き鳥屋(篤の話)

●焼き鳥屋・店内 祝い人「ふ〜……馳走になった」   篤「おれも……ちょっと飲みすぎた     かも。あれ?おじさん、     だいぶ血色よくなってない?」  店主「ですね。つやつやしてます」 祝い人「じつに満足じゃ。礼を言う」   篤「楽しいお酒だったよ。     東北の人だったってのは     ちょっと意外だったけど……」 祝い人「なぜ、わかった!?」 店主と篤「あたりまえだ!!」 祝い人「おかしい……」  店主「意味不明の言葉結構ありましたね。    『こでらんね』とか……」   篤「『こたえられない』って意味だよ」  店主「あー!なるほど……。     宮下さん、よくわかりますね」   篤「東北の友達いたから。     おじさんと同じ言葉だった」  店主「おじさんと同郷の人ですかね?」   篤「そいつ、ものっすごい田舎の     飲み屋ばっかりの街の生まれ     だって言ってたよ。実家は住宅地     なんだけど、その周りをぐる〜っと     飲み屋に囲まれてたんだってさ」 祝い人「もう少し詳しく話してみよ」   篤「ええ?まぁ……そうだな。     よく電話で聞かされてた話だと…… 近所は農家とか、工場労働者     ばっかりで、たしかサラリーマン     でも家族経営の零細企業がほとんど     だって言ってた。人柄のいい人は     すごくいいらしいんだけどね。でも 昼間からパチンコに入り浸ってる人     なんかもずいぶんいたそうだよ。     そいつ、いつもそうボヤいてた」  店主「その人何やってるんですか?」   篤「おれとおんなじ。執筆業」 祝い人「ほう、物書きか」   篤「うん。まぁ、今でこそブログとか     アフィリエイトとか、文章で稼ぐ     手段いっぱいあるけど…… 当時は物書きの絶対数は     少なかったし、競争も過酷。     文学賞で当選するか、あるいは     出版社に勤めるか。     でなければ、マスコミ関係の記者     になるか?     それも出来なければ、小さな会社     にライターとして雇われるくらい     しか道がない。加えておれたちが     大学卒業する頃は不況の真っ只中     だろ?いわゆる就職氷河期って     やつで、おれもそいつも就職     できなくてさ。実家で引きこもり     やってるしかなかった」  店主「あ〜、宮下さん、ロスジェネ世代     か」   篤「ど真ん中だよ」  店主「多いですよ。     未だに引きこもってる人の話も     よく聞きますし」   篤「何かしらはやってると思うよ。     『個性を大切にする』なんて     言われはじめた時代で育ったし、     社会に出る頃は不況だったけど     音楽、アニメ、マンガ、ゲーム、     映画とかの名作はたくさん生まれ     てたから。おれも友達も、まぁ、     言ってみればそういうエンタメ     産業の黄金時代で育ったし、     自分でもなにか生み出したくて     引きこもったりしていろいろ     挑戦するわけだ」 祝い人「それで芽は出たのか?」   篤「まぁ、最初は日記なんだか     エッセイなんだか小説なんだか、     訳のわからない文章書いてたよ。     ネットが普及していく過程の頃     だったから、ホームページ作って     ひたすら書いてたみたい」  店主「ブロガーの走りですね」   篤「1円にもならなかったみたいだけど     、楽しかったんだろ。その間     いろんなものに手出してたみたい     だけど、地方の公募に応募してた     エッセイが佳作に引っかかった     んだ」 祝い人「どちらがじゃ?」   篤「ああ……友達の方」  店主「へ〜!」   篤「それが縁で出版社と繋がりが     出来て、不定期だったけど     ちょくちょく小さな記事を     書いてたよ」  店主「やりますね〜。     作家を目指してたんなら悪くない     スタートじゃないですか?」   篤「そうだろ?そうなんだよ!     ところがな〜……」  店主「なんかあったんですか?」   篤「ん〜……そいつ、例の実家で仕事     してたんだけど……」  店主「さっきの田舎で飲み屋が多いって     とこですか?」   篤「そう。     あの時代って、まだ好景気の名残り     がうっすら残ってて、同じくらい     おかしな因襲とかも残っててさ。     田舎だから、尚のことだったんだ     ろうけど、おかしな噂流されてさ     。実際駆け出しのライターだった     んだけど、周囲に伝える機会も     なかったし、仮に伝わってた     としても、そういう職種は頭から     馬鹿にするような土地柄ってのが     あったらしくてさ」  店主「普通、作家とかアーティストって     一目置かれそうですけどね」   篤「正反対の評価だったらしい。     例えば農家なんて、テレビや物語     では、素朴で暖かいイメージで     描かれてるだろ?でも村八分なんて     言葉が残ってる通り、対象になった     人間に対しては物凄い残酷になる     って言ってたよ。それこそ東北の     方言なんて、真っ先に漫才とか     コントのネタにされるだろ?     だから彼らが都会に出たら笑われた     くないし、差別されるのは嫌だから     控えめで寡黙に振る舞う。だけど     おかしなもんでさ、差別されるのを     恐れる人間は、誰より差別的になる     んだって。都会の差別の比じゃない     って言ってたよ」  店主「言われてみれば、東北の人で     めっちゃはじけてる人って     あんまり見たことないかも……」   篤「そんなもんだから、自宅の前で     近所のじいさん、ばあさん方が     嫌味な立ち話を始めるように     なったんだって。     昼間街を歩いてて、挨拶すると     つま先から頭まで無遠慮に眺めて、     そっぽ向かれるって。     そして必ず微妙な距離をとって、     本人を前に噂話を始めるんだって     言ってた」  店主「それ本物の村八分じゃないですか」   篤「それでも、人の噂も七十五日なんて     言葉があるくらいだから、そいつは     なるべく気にする素振りを見せない     ようにして日々を過ごしたよ。     精神的には、だいぶまいってたけど     ね」  店主「それでおさまったんですか?」   篤「いや、むしろどんどん酷くなって     いったみたい。さっき話してた     ように飲み屋に自宅を囲まれて     た場所から、噂を聞きつけた     酔っ払いが、夜になると家の前で     ビール片手にそいつの人物評を     始めるようになる。運が悪いことに     そいつの自宅の横は駐車場だった     らしい」  店主「うわ〜……」   篤「そいつはライターだからさ、     締め切りが近づいて来ると     深夜にコーヒーをすすりながら     必死こいて文章書いてるだろ?     そうすると、夜に酒をしこたま     飲んだ酔っ払いがゲラゲラ下品な     笑い声を上げながら酒盛りを始める     わけだ。本当に地獄だって言ってた     よ。自分の非難とか中傷を     聞きながら人を楽しませる文章を     書くんだって」  店主「ありえないな〜……」   篤「そいつ、学生の頃は腕っぷしが     強かったから、何度か酔っ払いに     直接注意しに行ったけど、ずいぶん     危ない目にもあったらしい。その頃     になると、そいつも身の危険を     感じる出来事が多くなってきた     らしくて、とうとう警察に相談する     ようになる」  店主「遅いくらいですよ」   篤「一方、警察の対応ってのが、よく     世間で聞く話と同じでさ。     要領を得ない若い警官が来て、     近所の見回りをすることは     約束したけど、二言目には     『我々は事件が起こらない限り     本格的に動くことは出来ません』     だって。 そいつは『これは邪推     かも知れないけど』って前置きした     後言ってたんだけど、結局のところ     その田舎町は飲み屋とそこに     訪れる客によって経済が潤ってる     のは事実だから、警察も半ば黙認     してるんじゃないか?って思った     ってさ。そいつによれば、他の地域     なら明らかに犯罪や軽犯罪の部類     に入る事柄が、日常的に街の中で     起こってたらしいよ。警察は     いつまでも大鉈を振るわないから、     特に夜なんかは無法状態だったっ     て」  店主「街自体が終わってますね」   篤「そいつ、その頃には精神科に通う     ようになってた。おかしなもんで     その街の人間には散々な目に遭わさ     れてたけど、その街の歴史には深い     思い入れがあったみたい。普通に     考えればそんな街、さっさと離れた     方が身のためだろ?だけどそいつ、     それでも東北の人間だってことに     誇りを持ってたみたいでさ。     なんとなくわかると思うけど、     東北は芸術や文化の産業が根づく     ような土地じゃない。仮にそれが     あったとしても、美術館や図書館に     代表されるような公的な機関ばかり     で、産業として成立してる会社は     ほんのわずかだ。そしてその多くは     短命で終わる。そんな東北に自分達     の制作会社を作るっていうのが、     そいつの夢だったんだ」  店主「その友達には悪いですけど、まるで     焼け石に水じゃないですか?」   篤「その通りだと思うよ。日がなテレビ     をつけて面白がって見てるけど、     芸術や文化なんて頭っから馬鹿に     してる連中が大多数なわけだから」 祝い人「して、その男は結局どうなったの     じゃ?」   篤「そうだな〜……。 そいつの故郷には、小高い山が     あってね。戦国時代には城山として     その土地を守っていたらしいんだ」 祝い人「ほう……」   篤「今ではそこは公園になっていて、     寂れたスポーツ施設があったり     戦時中に亡くなった戦没者の     慰霊碑が建ってるらしい」 祝い人「ふむ」   篤「とは言え、一時は街を守るお城     として機能してたから、その街全体     をきれいに見渡せる場所があって、     そこがそいつのお気に入りの場所     だったんだ」 祝い人「ほう……」   篤「嫌なことがあった時は、その慰霊碑     にちょっとしたお供え物をして、     頂上近くのお気に入りの場所で、     何時間も過ごしてたって言ってた     よ」 祝い人「で、その男は街に残ったわけか?」   篤「いや、街を出る決心を固めて     その場所で過ごしてたある夜、     そいつはそこから突き落とされた     よ」 祝い人「突き落とされた?」   篤「うん」  店主「その人、生きてるんですか?」   篤「そうだな……。知りたいか?     ……ま、ほら、目の前にいるよ」  店主「ええ?」   篤「落ちた時脊髄をやられて、下半身     に麻痺が残った。見ての通り。     杖なしじゃ、歩けない」 祝い人「犯人は?」      篤「捕まってない」
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