焼き鳥屋(祝い人の話)

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焼き鳥屋(祝い人の話)

●焼き鳥屋・店内 ○しばしの沈黙の後 祝い人「そなた……故郷の人間をさぞ     恨んでおるだろうの……」   篤「正直、恨んでないとは言えない…… けど」 祝い人「けど?」   篤「それ以上に、こんな目に遭った理由     の方を知りたいかもしれない」 祝い人「理由?」   篤「そりゃあ、今話した通り、噂って     言ってしまえばそれまでだけど、     街の人間の行為がエスカレートして     いく中で、最後の方、やる人間は     半ばゲームにでも参加するような     雰囲気になってたよ。いい大人が     だよ?自分は確認しなかったけど、     もしかしたらおれのことを扱った     闇掲示板なんかもあったのかも     しれない。よくオレの個人情報を     ネタにして笑ってたし、下手したら     もう警察もグルだったんじゃないか     ?とか……。被害に遭ってた時、     何度考えたかわからない。『何が     原因なんだ?もしかしたら、オレ     何かしてしまったのか?オレ自身に     原因があるのか?』って何度も何度     も、繰り返し考えたよ。     それがこっちに引っ越した今でも     頭から離れない。それと一緒に     道ゆく男たちの獣じみた笑い声、     女達の嘲る声、悪態をつく老人     の声、勝ち誇ったサラリーマンの     大笑い、酔って理性を失った     すっとんきょうな男の声……     ……そういうのが今でも頭の中に     こびりついてて、離れないんだ」 SE・上のセリフとオーバーラップで人々の罵る声  店主「……そういうのフラッシュバック     って言うみたいです……」 祝い人「ワシは……確たる証拠は示せんが、     理由ならそなたに教えることが     できる」   篤「え?     ……そう言えばあんた故郷の     言葉喋ってたよな!?     あんたまさか……!」 ○篤、掴みかからんばかりの勢い 祝い人「いや、そうではない!     よく聞け!よく話を聞け!」   篤「おまえ!故郷のまわし者か?!」  店主「ちょっと!宮下さん!     落ち着いて!」 祝い人「誓って言う!それだけは無い!」   篤「嘘じゃないな?」 祝い人「本当だ」   篤「……わかった」 祝い人「店主、ちょっと水を頼む」  店主「はい」   篤「それで、なんであんたが理由を     知ってるんだ?」 祝い人「知ってはおらん。ただ……」   篤「ただ?」 祝い人「まあ、まずは水を飲め。目の色     変えおって……」 ○篤が勢いよく水を飲む音。 祝い人「理由は知らんが、そのような運命は     子供の頃にはもう、決まっていた     のであろう……」   篤「どういうこと?」 祝い人「ワシは街から街へ流浪する身。     そなたの生まれ故郷に足を運んだ     こともある」   篤「それと子供と、どういう関係がある     ?」 祝い人「もう30年は前になるかの?     日本は好景気に沸いておった。     当然、地方の田舎街と言えど経済     の恩恵は受けておったんだろう…… 商店街は賑わっておった」   篤「30年前……たしかにオレが子供の頃     だ。それこそバブルが弾ける何年か     前だ」 祝い人「ワシは高貴な生まれの身だが…… この姿ゆえ、嫌がれもする。     だからそなたの気持ちは誰よりも     よくわかる」   篤「ああ、そうか。さっきは悪かった」 祝い人「街には、その街独特の目に見えない     空気みたいなものがあっての」   篤「……わかるよ。そういうの」 祝い人「一括りにはできんが、未だに人     としての情を失っておらん地域や、     都会でも、どこか暖かみのある地域     など、ままある」   篤「かえっておじさんみたいな人が     一番敏感に感じ取れるのかも     しれないな」 祝い人「まあ、そなたの故郷の街も独特な     空気を含んでおった。賑わう商店街     に入った途端、街の人間は無遠慮に     聞こえよがしの噂話を始めた」   篤「昔からそうなのか」 祝い人「ワシにとっては珍しいことではない     。ただその街の、自分達と違った     存在は受け入れない、という強烈な     空気は他の地域とは異なっていし、     独特な澱んだ空気が辺りを包んで     いた。この街には長居できん。     そう感じてワシは人目を避けて     小さな公園で水を飲んでいた」   篤「うん」 祝い人「その日は特別に空腹での。公園の隅     に置かれたゴミ箱の中から食べ物を     探すしか無かった。するとそれを     見かけた子供達はワシに向かって     囃し立て、石を投げつけてきた」  店主「子供は残酷ですからね……」 祝い人「同時に、子供というのはとても     優しい存在でもある」  店主「というと?」 祝い人「公園で遊んでいた他の3人ほどの     子供のグループが、石を投げつける     子供達を追っ払ってくれた」   篤「そういうの、その時代ならでは     だよな」 祝い人「それで、なんでも自分達で作った     秘密基地があるからと言って、     そこに一時ワシを匿ってくれた」   篤「ははは、秘密基地は男のロマン     だからな」 祝い人「ワシを匿っていた何日かの間、     何度も食事を持って来てくれたよ。     スナック菓子やら、ビニールに     詰まったジュースやゼリー。     パックリマンチョコやら……」   篤「ビックリマンチョコだ!」 祝い人「そして、夕食の残り……。     その秘密基地とやらは、戦時中に     掘られた洞窟だったらしい。     大人達は、そもそも存在を知らない     のか、あるいは忘れてしまったのか     ……とにかくワシは安全に身を隠す     ことができた」   篤「洞窟……?」 祝い人「子供達は嫌われ者のワシを匿うこと     で、甘やかな秘密を共有し、     はちきれんばかりの好奇心で     ワシの話に耳を傾けていたよ。     その時、仲間の証として子供達から     受け取ったのが、この黒曜石だ」   篤「その子供って……」 祝い人「思い出したか?小僧」   篤「まさか……だいたいあれから30年     経ってるんだぜ?もしそうなら、     今頃あんた相当なじいさんに     なってるはず……けど……姿形は     あの時のまま……」 祝い人「ワシの正体を教えてやろうか?」   篤「正体って……」 祝い人「ほいどじゃよ。覚えておるか?     故郷ではホームレスのことをほいど     と呼んだろう?ワシはほいどの神様     じゃ」   篤「ほい……ど」 祝い人「平たく言えば、貧乏神よ」   篤「あはははは」 祝い人「ひとつ教えてやろう……」   篤「何を?」 祝い人「あの日、そなたは公園で石を     投げつけてくる大勢の子供達から、     このワシを守った。子供ながら     にな。その時、そなたの運命は半ば     決まっていたのだろう」   篤「どういうこと?」 祝い人「石を投げる側に回らず、投げられる     側になっても、このワシを守った     ろう?」   篤「まあ……」 祝い人「あの時の仲間達は今どこで何を     しておる?」 ○しばし沈黙   篤「かつのりは……自殺した……。     ひさしは街を出ててったっきり、     音信不通になった……」 祝い人「いいが?耳の穴かっぽじって、     よ〜ぐ聞げよ。人間なんてもんは、     なんぼ教育してみだどごろで根っこ     は動物や。そいづらがでっかぐ     なってや、どんだげ金持ち     んなたって、高い地位手に入れだ     って、やるごどはだいたいおんな     じ。性根は変わんねのや!」   篤「ああ……」 祝い人「そごで聞ぐど?おめ、     何であの時、おれば助げだのや?」   篤「なんでって……ん〜……、そういや     秘密基地の話もあったけど、当時は     戦隊もの流行ってたしなぁ……。     今の時代だったら、痛い奴とか     言われるのかも知れないけど…… まあ……信じてたんだ…… 正義の味方」 祝い人「いいが?オレは貧乏神だ。おめが     生まれるず〜っと前がら、家を不幸     にする、貧乏を呼びこむ疫病神って     人間達がら忌み嫌われった。     それでも人々から施し受げで存在     してんのや。腐っても鯛って言葉     あっぺ?今はこんななりしてっけど     、オレにも神様としての意地が     あっからや。受げだ恩は必ず返す!     これは人間も神様も男も女も日本人     も外国人も今も昔もいづまでも変わ     んねの。ず〜っと一緒や。     今日は昔受げだ恩ば返しに来だんだ     。おめ、こごまでよ〜っく頑張った     な。もう1人だげで戦うのは終わりに     すろ!おめは気づいでねぇげんと     さ、おめの仲間はたくさんいっかん     な?もう一回聞ぐど?     なんで、おれば助げだ?」   篤「だから正義の味方を信じてたから     だよ……」 祝い人「正義は必ず勝つだべ!!!」   篤「うん……」 祝い人「あの時の気持ち、この後一生忘れて     はならんぞ」   篤「あんた、いったい……?」 祝い人「名は言わんでおこう。     しかし、そなたと同じ故郷に人     として生まれ、人としてその命を     まっとうした、そなたと同じ東北     に生きた蝦夷(えみし)の男よ。     かつてはおまえの好きだったあの     小高い山に居を構え、かの土地を     愛した男だ。     そなた、人知れず土地の霊を慰めて     いてくれたな。改めて礼を言おう。     故郷で受けた者の傷は、     故郷の者が直す!」   篤「あ、待って!」 祝い人「いいが?おめ!これがらはもっと     おだって生ぎろよ!次はひさしの     とごろに行ってみっかな……。     んでな!」   篤「ひさし……あいつ、生きてるのか?     」 祝い人「生きておる」   篤「ひさしが……生きてる……!     あ!おじさん!おじさん!     待って!」
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