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 もうすぐ夏に差しかかる季節。春の空気が抜けていき、夏は少し先で待っている。久しぶりに会った三城(みき)さんは、いつもより少しだけふわふわとしていた。 「ごめん上総(かずさ)、待った?」 「いえ」  四年生の彼女は就活に追われて、三年生の僕は始まった公務員講座に時間を費やしている。だから今日は久しぶりのお誘いでありお出かけだった。就活が順調なのか目一杯羽を伸ばしているのか、何にせよ彼女が楽しいならいい。僕はかすかな違和感には触れないように目をつむった。 「この前初めて知ったの。四年目にして、今さらよ」 「僕は今初めて知りました」 「上総はまだ三年でしょ」 「今聞かなかったら、一生知りませんでしたよ」 「でもさ」  彼女の喋るテンポは心地いい。上手くはない僕の相づちを拾って、いつの間にか僕の話も引き出している。沈黙が苦ではなく、同じ場所にいて違うことをしているなんてしょっちゅうだ。  でも今日は、同じことをしているのに同じ場所にいない、初めての不思議な感覚にかられた。ランチの手が止まった時、会話の隙間に落ちる沈黙、カフェから出た瞬間に空を見上げた横顔。ふと何かが彼女の表情を覆って、髪の一本、まつげの先までが絵画のように現実味のない存在に成り変わるのだ。そうなるとやっぱりふわふわも気になって、でも正体は掴めない。  けれど夜になって彼女のアパートで眠る前、抱きしめあった一瞬でその心臓が跳ねたのが分かった。 「……三城さん」 「――なに?」  僕は思わず、彼女を呼んだ。彼女の声は耳元で聞こえる。顔は見えない。 「……おやすみなさい」 「――おやすみ」  ほとんど同時に腕を解く。彼女が何でもないように装うから。どうしたんですか、と続けようとしていた僕に気づいた彼女が、何でもない声で続きを促すから。僕は何も言えなかった。  何があるのだろう。  抱きしめあったあとだというのに、僕の寝つきは初めて悪かった。彼女もまた、しばらく起きているようだった。お互いにその気配は感じていて、けれど彼女も僕も声はかけなかった。  うつらうつらと、眠りのふちのぎりぎりで、僕は彼女の家に初めて泊まった日を夢見ていた。
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