有田区の事情

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 雪穂は受診の後、薬局に処方箋を出した。  呼ばれたので窓口に行くと、薬剤師は不衛生な感じの人だった。  名札は“細山”と書いてある。  彼は大声でがなり立てた。  「下剤! なくなりましたね!」  彼の体形は醜く崩れており、身長は見上げる大きさ。  空気を読まず、至近距離での地声が大きすぎて女性が生理的に嫌がるタイプだ。  彼は所有物を見るような目で、雪穂にねっとりと笑った。  「便はどうですか?」  「大丈夫です」  「べちょべちょって感じですか?」  その時、細山のこめかみに誰かの肘鉄がめり込んだ。  細山はそのまま倒れて沈黙。  彼を撃沈した若い男性薬剤師の名札は、柏木凪。  細身長身で清潔感があって、まぶしい容姿をしている。    柏木は窓口を引き継いでエレガントな手つきで薬をまとめた。  「では雪穂さん、しっかり飲み切ってくださいね」  白衣のポケットに鮮やかなスカイブルーのハンカチを入れている。  縁取りは男性が慎重になるピンク、オレンジ、サーモンピンクで、デザイナーのよう。  局内で彼一人だけがキラキラして、爽やかさが爆発していた。  柏木以外の薬局のスタッフは全員青くなって大量発汗。  誰もツッコまない。  細山は青くなった人たちに、ひっそりタンカで運ばれていった。  土井勝は50代後半、耳鼻科の院長。  仕事を終えて同じ医師の妻と夕食をとろうとしたら、彼女は知人と用事ができたようだ。  彼は一人で夕食を済ませ、就寝しようとした。  その時、自宅の壁と天井がすべて外側に開き、スカイブルーの花吹雪が舞った。  そのあとぐちゃっと誰かが降ってきた。  ロシアのツァーリのようなコスプレをした若い男性で、勝の目の前でうつぶせに倒れてピクピクしている。  よく見るとまともな容姿で、現れ方がすこぶる残念。  「あんたあ、誰?」  勝が訊ねると、コスプレ屋さんは起き上がれないまま、下向きで短くコメントした。  「凪」  近くで巨大扇風機が回り、花吹雪をかき回している。  凪とかいうコスプレ屋さんは何か言いたくて失敗した人のようだ。  勝は内科医ではない。  しかし動けないコスプレ屋さんを見たら、いち医者として血圧を測る。
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