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「あなた、今、私のことを撮ってたでしょ!?」
向かいのシートに座っている男は、首を横に振り、ナニイッテンダヨと意味不明なことを言う。
「それよ、それ!」私は立ち上がって男に詰め寄った。
「そのスマートフォンで写真、撮ったでしょ! 渡して!」
この男、間違いなく私の写真を撮ってた。確かに私は短いスカートをはいて座っていたから、向かい側に座っていたこの男から、中が見えていたかもしれない。でも、それは撮っていいってことじゃない!
男は肩をすくめ、アタマオカシンジャナイノと鼻で嗤う。どういう意味よ。こっちは真剣に怒ってるのよ、見れば解るでしょ!?
「誰か、助けてくれない?」
私は回りをぐるりと見渡すが、さほど混んでいない電車の中、誰ひとり手を貸そうとしてくれる人はいない。手元のスマートフォンに顔を落とし、目だけでチラチラとこっちを見やるだけだ。
電車が駅のホームに入った。
男は自分のスマートフォンを操作しながらそそくさと立ち上がる。逃がしちゃダメだ。写真が消されたら証拠が残らない。私は男の手首をグッと掴む。
男の顔に驚いたような表情が浮んだが、それは一瞬で怒りの形相に変わり、ナニスンダヨ! と大声をあげた。お前が怒る立場じゃない、と思ったが、それよりも大きく強い恐怖が私を襲い、身体が固まってしまって動けない。
発車ベルが鳴り響き、ドアが閉まる。
なんとか離さずにいれた私の手を、男は乱暴に振りほどき、不貞腐れたようにシートに身体を沈めた。オレガトウサツシタショウコデモアンノカヨ。私を厳しい目で見上げてくる。私は頭の中が真っ白になって、どうしていいか解らなかった。こんな、言葉の通じない相手にーー
ドン、と突然、勢いよく男の隣に青年が腰を下ろした。
トントンと肩を叩く者がいて、振り返ると、そこには長い黒髪の眼鏡をかけた女性が立っている。
「Can I help you?」
彼女の問いかけに、私はホッと胸を撫で下ろした。
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