1.

2/3
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「なんかコレ、海外の風習みたいでね。父さんが病院の帰りに駅前のコーヒー屋さんでいきなり買ってきたのよ」  柄にもなく、と言外に込めながら母が経緯を説明し、父がそれに照れたように頷く。  病院の帰りという事は、まだ入院する前の通院中での事だ。 「ポケットに日付が書いてあるでしょ? クリスマスまでに一日一個ずつ中に入ってるお菓子を食べてくみたいね」 「お菓子!」  胸躍るフレーズに、さすがに五歳児の目はパァァと輝いた。1から順番に指でポケットをたどっていく。  ポケットの数は1日からクリスマス前日の24日までの計24個。ひとつひとつのポケットには、小さなお菓子が入っているであろう事を示す膨らみがあった。  大樹の背中をつんつんとつついてお礼を促すと、「ありがとう」とはっきりと口にした。 「ねぇ、アドベンチャカレンダーってなぁに?」  柔らかいフェルト地のカレンダーをくるくる巻きにして遊びながら、大樹は私に質問する。 「アドベンチャじゃないの、アドベント。アドベンチャだと冒険って意味になっちゃうから」 「アドベントって?」 「それは……うーん、何だろう。分からないのでママの宿題にします」  そう答えて、私は大樹に警官のようにピシッと敬礼をした。 「うん、しくだい」  大樹も真面目な顔でピシッと敬礼を返す。大樹に何か質問をされて私も分からなかった時、二人の間でいつもやるやり取りだ。  そんな私たちに、父も母も笑っていた。  父に別れを告げて病院を出て、母と途中まで一緒に帰った。病院はバスで行ける距離にあり、実家からも遠くない。  バスの窓には、どっぷりとした暗い空が映っていた。遠くの繁華街に、イルミネーションがチカチカと灯っているのが見える。街灯ともネオンとも違う、12月特有の寒い空気を孕んだ光だ。  クリスマス。随分と気の早い……と思いながらも、その日があっという間にやってくる事を、大人は知ってしまっている。  定年退職したばかりだが、現役の頃は働きづめだった父。  そんな父が、今度心臓の手術をする。心臓というより、心臓近くの血管の手術。今回はそのための入院だった。  以前、主治医の先生からの治療方針の説明を、私、母、姉、そして父の四人で受けた。  血管造影検査を経て、病巣の説明が繰り広げられる。父の血管の映像を家族で見るのは、不思議な気分だった。  血管の構造というのは想像以上に複雑で、高校で学んだだけの生物知識なんかじゃ到底理解が追いつかない。  ただ分かったのは、リスクを伴う難しい手術だという事。  父の体が想像以上に悪くなっていた事。  万が一の覚悟が、家族に必要だという事だった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!