ダレニシヨウカナ

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 そのころ、文恵は既に大学生になっていた。以前なら、車二台で十人近いメンバーでわいわいと出掛けていた心霊スポット巡りだったが、その日はバイトやサークル活動を理由に来なかった仲間が多く、結局文恵を入れて四人しか集まらなかった。  メンバーのひとりの拓馬という男子が「サークルの先輩から聞いた」という目当ての廃工場へは、彼の軽自動車で出掛けることになった。  時刻は深夜十二時を回り、行き交う車も既にない工業地帯の道を走り到着した場所には、想像よりずいぶんと大きな建物がそびえていた。周囲に街灯や照明設備の類はなく、軽自動車の小さなヘッドライトの灯りだけを頼りに工場を見上げる。ぼんやりと暗がりに浮かぶのは、鉄筋コンクリートづくりのしっかりとした建造物で、窓の数から考えると五階建ての高さがあった。  足を踏み入れたら崩壊してしまいそうなほどには建物の痛みは見られなかったので、「入ってみようぜ」となった。しかし、持参したのはごく普通のサイズの懐中電灯が一台だけだったので、四人は二組に分かれて交代に探索しようと決めた。ちょうどその日参加していた四人は、二組のカップルだったこともあり、懐中電灯一本で、どちらのペアがより長い時間廃墟の中で耐えられるかを競おうと、誰とはなしに言い出した。  先行は、文恵の親友・加奈子と拓馬の二人。文恵と当時の彼氏の徹は車中で待機して、車のヘッドライトで懐中電灯だけでは頼りない光量を外から補いつつ、タイムを計測するという手順だった。仲良く寄り添いながら「じゃあ、行って来るわ」と、建物の中へと消えていく加奈子と拓馬。徹が腕時計のタイマーで、経過時間を計り始める。  しばらくすると、工場の窓から洩れる懐中電灯の小さな光の点が二階の窓に確認できた。 「おお、あいつら二階まで登ってるよ。やるな」 「じゃあうちらは上まで行っちゃおうよ。ていうかコレ、後攻の方が絶対得だよね」  小さい女の子や、白い服を着た女性の霊が多数目撃されているという現場に無断で立ち入っていたにもかかわらず、文恵と徹は畏怖も罪の意識も感じることなく、まるでゲーム気分ではしゃいでいた。 「あれ?」  先に異変に気付いたのは、徹の方だった。 「俺たちのほかにも、誰か来ているのか?」  文恵も徹と同じように、目を細めて建物の様子を見上げた。 「ホントだ」  二階の窓に灯る光と同じような白黄色の点が、三階の窓に揺れている。 「いやだ、あれ増えてない?」  二人が見つめる先に更に光の点が、四階、五階の窓にも、ひとつ、ふたつと増えていく。 「おかしくないか? ここに着いたとき、この車しか停まっていなかっただろ? あいつら歩いてこんなところまで来るなんて、あり得なくないか?」  光の点はゆらゆらと揺らめきながら、最上階の五階の窓へ集まっていくように見えた。二階でひとつ灯っていた、加奈子と拓馬の懐中電灯の明かりもそれに従うかのように移動していく。 「ねぇ、まずいんじゃない? 二人を上に行かせたら」  最上階で、ひとつに集まった光が何を意味するのかは分からなかったが、それが安全な物だと分かるまでは、二人が光の場所に合流するのは危険だと感じた。 「だよな」  徹も得体のしれない光に、不安を覚えたのだろう。短くファンファンと、軽く二回クラクションを鳴らした。二人がこの音に気付いて、戻ってきてくれればと願いながら、工場の窓に揺れる光を見つめていると、 「あれ? 消えた」  ふっと一斉に、光の点が消滅した。すると ──
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