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せめて一秒でも早く朝が来て、周りが少しでも明るくなってくれれば ──
文恵は目を閉じて、ただひたすら祈るように願いを込めた。すると、
「おまえら、いきなりライト消すなんて、何シャレにならないことしてんだよ」
あまりにも状況にそぐわない、明るい声が落ちてきた。聞き覚えのある声。仲間の拓馬だ。
「……拓馬?!」
目を開けると、懐中電灯の小さな灯りで足元を照らしながら、こちらに向かって来るふたつの影が見えた。
「ホント。あんたたちのときも、悪戯してやっからねぇ」
「加奈子ぉーっ!」
無事だった。二人とも無事だった。安堵するあまり文恵の両眼からは涙がぽろぽろと流れた。
「違ぇよ! 悪戯なんかじゃないって! 突然勝手に消えたんだって!」
「はぁ? 何言ってんの、おまえ」
激しく反論する徹に呆れた声を返した拓馬は、ごく普通に自分の車の運転席の中を覗いた。
「ライト、オフになってんじゃん」
いとも簡単に、再びヘッドライトが灯された。拓馬の言葉に、「……嘘だろ?」「……嘘でしょ?」と、文恵と徹は同時に呟いた。
「そんなはずあるかよ。ライトが消えたとき、俺たちはお前らのこと心配して、様子を見に行こうとして車の外にいたんだぜ。なのにどうやって、スイッチをオフにできるんだよ!」
「絶対、車の中に誰かいるんだって! そいつがやったのよ! いきなり私たちに声かけてきたあいつが!」
文恵と徹の必死の訴えに、ようやく悪戯ではないと分かったのか、
「なぁ、いったい何があったんだよ。落ち着いて最初から話してみろよ」
そう拓馬に促され、二人はこれまで見聞きした奇妙な出来事をつぶさに話した。
「ていうかそれ、お前ら二人して変な夢でも見たんじゃね?」
話を聞き終えた拓馬は、「解せぬ」といった顔つきで頭を掻いた。拓馬たちは、文恵たちが聞いた叫び声も衝撃音も聞いていなかった。アトラクション気分で二人で建物の中を探索していたら、文恵と徹の騒ぐ声が聞こえてきて、「どうせ、自分たちを脅そうとしているのだろう」と無視して歩き続けていると、不意にヘッドライトが消えて周りもよく見えなくなり、さすがにこれは危ないなと思って出てきたのだと彼らは言う。
「それに」
更に拓馬は、驚くべきことを言った。
「俺たちが回っていたのは、一階だけだぜ。窓はあるけど中は吹き抜けになっていて、階段は封鎖されていたし」
では、あの上階へと昇って行った幾つもの光は何だったのか? 叫び声をあげて落ちてきた人影の正体は?
「もちろん、他に誰もいなかったぜ」
拓馬の言葉に、文恵と徹は絶句するしかなかった。
その後、「ついに心霊現象が起きた」とはしゃぐ拓馬と加奈子を「一刻も早くここから立ち去ろう」と、怒ったり泣いたりして説得し、四人は廃墟をあとにした。出来るなら、不気味な現象が起きた車には、これ以上乗りたくなかった文恵と徹だったが、置き去りにされても困るので、最寄りのファミレスまで送ってもらい、そこで始発を待って疲れ果てて帰宅したのだそうだ。
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