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ステラは待ち合わせ場所の酒場に足を運んだ。
町の北の方はステラの通っていた学校があった辺りである。宿は街の南のエントランス近くにあるのでちょうど真逆の方向だ。
槍は宿に置いていったが、腰には短剣を携えている。彼女は学校の前を通り過ぎて少し感慨に浸り、さらに街はずれに
自分が住んでいた家もあったなぁと思いつつ、時間が迫っていたので、目的地に向かって足を速めた。
裏通りをすり抜けていくと洒脱な洋館が見えて、ここも変わっていないと思った。
待ち合わせの酒場はこの通りの奥にある。そしてこの洋館は、夜の蝶と言われる女たちが粋なもてなしをしてくれるという場所。
しかし娼館など春を売る店でもなく、メイの居た劇場と違い芸を売るのでもなく、粋な女たちが良い酒とウィットにとんだ会話を提供してくれるというものであった。ステラは
そのころはまだ大人になりきれてない歳だったのでサロンのことはよくわからなかったが…。
ベルヴァンドの兵士など他国の者も知る人ぞ知る穴場だったらしい。
洒落た目を引くレンガ造りに惹かれて目線を中へやるとふと金髪の人物の後ろ姿が見えた気がした…。
まさか・・・でもこんな北の区画までリーディはやってくるだろうか?
彼女は気にはなったが急いでいたのでさらに歩く速度を速めた。
酒場の扉を開けると、懐かしい顔ぶれが
迎えてくれた。先ほどのフレイザーをを含め男子が5人、女子が3人ほどだ。
「久しぶりじゃないの!ステラ!」
女子で一番仲良しだったリズが抱きついてきた。
「フレイザーから聞いて、最初は耳を疑ったよ。すぐにあんたと先生引っ越しちゃって…。」
小柄なリズに抱きつかれるとちょうどステラの胸にすっぽりと収まる。
「ごめんごめん・・・。あわただしくてね」
「にしてもホント、見違えたよ。まぁ4年も経つしね。私も結婚したんだよ!」
見るとリズの薬指に銀の指輪が輝いている。
「よ!ステラ、なんだよ色気づいて。ずいぶん雰囲気変わったな。」
一番やんちゃだった ジギーが腰に手を回してきたので、ステラはその腕をひねり上げた。
「いて、いててて!!」
「あんたも変わってないわね。昔っから女子にちょっかい出して。」
「お前、中身は全然変わってないな…」
一同どっど笑い声が聞こえた。
しかしステラは来ているメンツを見回すと、姿は無い。一人がそんな様子に気が付いて一言付け加えた。
「コンラッドは仕事がまだ終わらないみたいだから、もう少ししたら来るよ。」
「若領主だもんなー。」
そっか・・・みんな自立して所帯もって・・・。ステラは時の流れを感じずにはいられない。
皆はいい意味で変わっていなかった。そして
ステラは母オーキッドのことを訊かれた。
確かに皆に嘘はつけない…でも…婉曲的な返事をした方が賢明だと彼女は判断してこう答えた。
「一年前に、亡くなったわ…。」
案の定、場内はしーんと静寂となり皆黙ってしまった。そして、ベンジャミンが恐る恐る訊いてきた。
「冗談だろ??」
ステラは静かに首を振って答えた。
「本当なの。」
「じゃぁ、今お前は?まだ結婚もしてないよな・・?」
ステラは頷いて言葉を紡ぐ。
「仲間と一緒に旅をしてるの。それは…母の遺志を継ぐものであり自分も為でもあるし…」
―使命を果たし世界を護るなんて…大それたこと言えないし。
「じゃ、誰と?」
そう、リズが問いかけた時だ。
カランと、扉のベルが鳴った。
「ごめん、遅れて・・・仕事がなかなか片付かなくて。」
ステラは懐かしい声に振り向いた。そこには、薄茶のウェーブの髪を靡かせて変わらない姿で立っている、コンラッドの姿があった。
「まさか・・・。」
ステラは頷いて笑いかけた。
「久しぶり、コンラッド。」
* * *
洒脱な洋館のサロンは薄暗い中に硝子のモダンなシェードに覆われたガス灯が灯っていた。
スザナの街はガス灯が多く、流石北の大陸で2番目に大きい街なだけあるなとリーディは思っていた。
「何呑むかしら?」
黒い髪の女はリーディに笑いかけた。
「ワイン」
彼女の媚態には目もくれず、そっけなく答える。
「あなた素敵ね。騎士のようでそうでもなく・・・かといって兵士でもなく・・・。
貴族のような気品もあるのに、姿は旅慣れている。」
赤紫の液体の芳香を感じながら、リーディはそれを口に含み一息ついた。
「あんた、こういう仕事しているなら・・・単刀直入に聞くけどベルヴァンドのことをなんでもいいから教えてほしいんだ。」
女はきょとんとした顔で彼を見つめて笑い出した。
「そんなこと??」
「ああ。」
「そう・・・隣国だからちょいちょい位の高い方とか見えていたわ。」
「それで・・?」
「さらに強い人材はないかと探していたわね。とにかくカルサイトを世界一の騎士団にしようと躍起だったわ。」
煙管(キセル)に火をつけると、吸い込んで女は答えた。そして、テーブルに置いてある紙巻きタバコを彼に勧めるが、それを断りさらに問うた。
「4年前の大会の優勝者のことは知ってるか?」
「・・・ふふ。教えてあげてもいいけど。」
煙管を蒸かしながら、女はこう言った。
「私あなたを気に入ったの。」
長く塗られた爪の手をリーディの頬に触れて妖艶に微笑んだ。
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