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「はる。入ってもいい?」
今日も私はこの部屋で、ナツの声を聞く。部屋の前でためらうように、いつも一歩立ち止まるナツの声を。
だけど今日は少し様子が違う。足音が控えめだし、声も小さい。
「試合、どうだった?」
少しの沈黙のあと、ナツが答える。
「二対一で負け」
「……惜しかったね」
ゆっくりと部屋に入り、私の隣に腰を下ろしたナツが、小さなため息を吐く。
「試合、来なくてよかったな。どうせ負けたし」
「ナツ……」
「もうこれで終わりだ」
――これで終わり。
いつもそばにいてくれるナツの声が、なんだかすごく遠くに聞こえる。
「ごめん、ナツ。応援に行かなくて」
そんなナツに向かってつぶやく。
「ごめんね。もう私のところへも来なくていいから」
――だからお母さんが頼んだ。引っ越して欲しいって……。
それはきっと、ナツとナツのお父さんのためでもあるんだ。
ナツたちはもう、私に責任を感じなくていい。
泣きたかったらちゃんと泣いて、お母さんの思い出を大事に、前に進んで欲しい。
「はる……」
ナツの手が、私の手に触れる。だけど私はそれを振り払い、首を大きく横に振る。
「もう帰って。私は大丈夫だから」
「はる」
「ほんとに大丈夫。もうナツがそばにいてくれなくても大丈夫だから」
ナツの前で笑顔を作る。私は上手く笑えているだろうか。あの日以来、笑い方なんて忘れてしまった。
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