めぐる季節の向こうに

7/11
前へ
/11ページ
次へ
「はる。入ってもいい?」  今日も私はこの部屋で、ナツの声を聞く。部屋の前でためらうように、いつも一歩立ち止まるナツの声を。  だけど今日は少し様子が違う。足音が控えめだし、声も小さい。 「試合、どうだった?」  少しの沈黙のあと、ナツが答える。 「二対一で負け」 「……惜しかったね」  ゆっくりと部屋に入り、私の隣に腰を下ろしたナツが、小さなため息を吐く。 「試合、来なくてよかったな。どうせ負けたし」 「ナツ……」 「もうこれで終わりだ」  ――これで終わり。  いつもそばにいてくれるナツの声が、なんだかすごく遠くに聞こえる。 「ごめん、ナツ。応援に行かなくて」  そんなナツに向かってつぶやく。 「ごめんね。もう私のところへも来なくていいから」  ――だからお母さんが頼んだ。引っ越して欲しいって……。  それはきっと、ナツとナツのお父さんのためでもあるんだ。  ナツたちはもう、私に責任を感じなくていい。  泣きたかったらちゃんと泣いて、お母さんの思い出を大事に、前に進んで欲しい。 「はる……」  ナツの手が、私の手に触れる。だけど私はそれを振り払い、首を大きく横に振る。 「もう帰って。私は大丈夫だから」 「はる」 「ほんとに大丈夫。もうナツがそばにいてくれなくても大丈夫だから」  ナツの前で笑顔を作る。私は上手く笑えているだろうか。あの日以来、笑い方なんて忘れてしまった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加