17人が本棚に入れています
本棚に追加
よく晴れた夏休みの初日。私は耳をすまして窓辺に立っていた。
この窓からちょうどよく見えるはずの、ナツの家。その家の前にトラックが止まって、引っ越し作業が始まったようだ。
かすかにナツの声が聞こえる。お父さんと何か話しているみたい。引越し屋さんの声も聞こえる。
やがて荷造りの終わったトラックが、ナツの家の前から走り去って行った。
「……はる」
背中に声がかけられた。何度も何度も飽きるほど聞いた、私の名前を呼ぶ声。私は耳だけを、その声に傾ける。
「俺、はるの隣からいなくなるけど……最後にひとつだけ、聞いてもいい?」
何も答えない私の背中に、ナツが続けて言う。
「はる……なんで俺とキスしたんだよ?」
ナツの声に胸がぎゅうっと苦しくなる。
「俺のこと……ちょっとでも好きだって思ってた?」
どうして? どうして今さらそんなこと聞くの?
「私は……好きでもない人と、キスなんてしない」
つぶやくような私の声は、ナツに届いただろうか。
「……よかった」
そう言ったナツの声を聞いたら、真っ暗な世界にナツの笑顔が広がった。
あれは小学生の頃。突然降り出した雨に、手をつないで走って。私の家までたどり着いて顔を見合わせたら、二人ともびしょ濡れで。
なんだかわからないけどおかしくなって、二人で声を上げて笑ったんだ。
そして私は、あんなふうに無邪気に笑う、ナツの笑顔が大好きだった。
最初のコメントを投稿しよう!