最終章 立ち止まるな、歩き出せ

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「まあ、無理ないよ。ずっとハイになって遊び続けて。結局昼寝もできなかったもんな。いきなり限界が来ちゃったんだと思うよ」 川田くん、これみて!とかこんどはこれであそぼ、とか次々いろんなものを持ち出して。途中で起きてきた鋼仁朗とじゃれたりこうちゃんはじゃましないでよ、とむくれて押しのけたり。そのたびわあわあと大騒ぎになって慌てた星野が飛んできたり、呆れた顔つきの茜がはいはいそこまで、と割って入って暴れる鋼仁朗をひょいと抱えて持ち去ったり。最初から最後まで嵐みたいな大混乱だった…。 「しかしいつも思うけど。あいつ、ちゃんと『お母さん』してるよなぁ。産む前は正直、子育てしてる場面が想像もつかなかったけど」 意図して妊娠させたくせにこの台詞。茜に聞かれたら多分背後から飛び蹴りを喰らわされそうだ。まあ、その際には自分がメインで子育てするつもりだったから。本気で、マジに。 星野も嬉しそうに目尻を下げて答えた。 「毎日のことで、もう三年になりますから。すっかり慣れて多少のことでは動じなくなりましたね。でも、僕は最初から心配してなかったですけど。何でも意外にそつなくこなせる人なんですよ、彼女」 「器用かどうかはともかく。地頭はいいからな。あれで適応力ある、結構」 自分の元彼女と現妻をしみじみと褒め合う阿呆面の男二人。 「でも、ほんとにありがたいよ。改めてこんなこと言うのもなんだけど。リュウと鋼ちゃんをあんたが平等に、公平に扱ってくれて」 俺は星野の方を見るのが照れくさくてまっすぐにエレベーターの扉を見つめながらぼそぼそと感謝の言葉を口にした。 そこでチン、と電子レンジみたいな軽い間抜けた音がして扉が開き、光に溢れたエレベーターの箱の内部がそこに現れた。下まで送ります、と呟いて星野も俺に続いて中に足を踏み入れる。いや、別にそこまで。重要な話始めたってわけでもないんだけど。なんか悪いね。 こうなるともっと話さなきゃいけない、って気分になって言葉を探しつつぽつぽつと先を続けた。 「あんたみたいな人なら、自分の血を引いてなくてもきちんとまともに子どもを育ててくれるのはわかってた。だけど、あの子が生まれた時からずっと見せてもらってるけど。他人の子を預かる、って域を超えて本気で愛情を注いでくれてて。…鋼ちゃんが生まれたあとも」 別に高層マンションでもないのにやたらとゆっくり動くエレベーターだから、一階に着くまで意外に時間がかかる。まだ着かないのかよ、と考えた瞬間再び『チン』と軽い音。 箱から踏み出しながら何とか話をまとめようと早口に付け足した。 「今度は間違いなく自分の血を分けた子が生まれたら。内心そっちが可愛くて仕方なくなっても人間の心理として無理ないと思うけど…。そうなってもそんなこと全然感じさせない態度で、同じように分け隔てなく二人の子に接してくれて。本当に、…どう感謝していいか」 「川田くんは相変わらず何か勘違いしてますよね。竜と鋼は正真正銘、僕の実の子どもですよ。戸籍を見ても二人ともちゃんとそう記載されてます」 奴は少し小憎らしいくらい落ち着き払って平然とそう抜かした。 それから肩をすぼめて俺を促し、エレベーターホールを出てマンションの外へと向かった。いや、そこまでわざわざ送ってくれなくても。と内心思ったけど確かに話は中途半端だ。成り行き上、茜の元彼(自称)と現夫とで並んで夜道をとぼとぼ歩く羽目に。 「…僕にとっては。茜さんは本当に大切な、世界でたった一人の自分の妻です」 不意に奴はこっちに顔を向けずにまっすぐ前方を見たまま、やけにきっぱりと断言した。俺は俯いて短く相槌を打つ。 「…うん」 「その彼女のお腹から出てきた、血を分けた子どもたちですから。どっちも二人とも僕にとってはかけがえのない愛おしい子です。父親が誰かなんて普段考えることはありません。生まれる前からそのつもりだったけど、実際にもそれは気にならなかったです。僕がおめでたい男なのかもしれないけど。…竜にも彼女の面影しか見てないです。ほんと可愛くて、あの人そっくりで」 顔を緩めるな、気色悪い。 なんかまともにとりあうのも阿呆らしくなり、俺はポケットに両手を突っ込んでため息をついた。 「丁寧語いいよ。俺たち同い年だろ、多分。…なんか、思ってた以上にべた惚れだな。あんたとあいつ、そんなんだったっけ?もともと契約結婚じゃないの?」
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