最終章 立ち止まるな、歩き出せ

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明かりを落とした薄暗い店の中で、隣のつやつやした元気いっぱいの顔を見やった途端いやいや絶対無理。ていうか、ここで紹介された女と本気でどうこうなりたいとはもちろん考えてはいないけど。 どう見ても高校生か下手したら中学生。一体マスター、何考えてんだ? その子が帰ったあとで思わず文句を言うと、マスターと反対側の隣に座ってた難波さんが笑いを堪えられない、といった様子で思いきり噴き出した。 「ほら、やっぱり。そう言うと思った。あの子ね、最初は友達数人と連れ立ってここに来たんだけど。マスターったら顔強張らせて、未成年の方はソフトドリンクでよろしいですか?って。あの子、ちょっとむっとした顔で免許証取り出してこの人の目の前に突き出してたのよ。連れの男の子たちはさもありなん、ってばかりにげらげら笑うし…。マスターは失礼いたしました、って平謝りしてたけど。この人のせいじゃないよね、どう考えても。立場上当然のことをしたまでなんだし。まあ、彼女の方もすぐにけろっとなって全然尾を引いた様子はなかったけど」 「割とこだわりないっていうか。単純な性格ってことかな」 あっけらかんとどうでもいいようなことを気持ちよく喋りまくって遅くならないうちにしゅばっ、と帰っていったその子を思い起こしちょっと頬が緩んだ。女としてどうこう、ってことはなくとも憎めないタイプであることは確かだ。 「それもあるだろうけど。あの様子だと、絶対慣れてるのよ、こういうこと。何かあるたびに年齢を訊かれるから常にすぐ取り出せるところに免許証を入れてるんじゃない。電光石火の早技だったわよ。ああ、はいはいこれね。って憮然とした顔つきで」 「ああ、なるほど」 そりゃ、そうかもな。酒を出す店に行くんなら当然そういうやり取りになるって事前に予測はできてたに違いない。いちいち気にしてられない、ってのが実際のところだろう。あの、小柄でガキっぽい体型にユニクロか無印みたいなシンプルで飾り気のない服装。 幼く見られるのが不満ならもっとそれらしく化粧でもすればいいのに、と考えかけて力なく頭を横に振った。どう考えても。文化祭の劇で大人の女性の格好をさせられた中学生、って出来上がりになりそう…。 「それにしても。いろいろ俺のこと、心配してくれるのは好意からと受け止めてるし、その気遣い自体はありがたいんですけど。…いくら何でもないでしょ、あのタイプは」 俺は憮然として思わず本音を吐き出してしまった。 口にしてから、ちょっとあからさま過ぎたか。聞きようによってはあの子に失礼な言い草かも、と思い直して慌てて言い添える。 「別に、可愛い子だとは思うし。ああいう女の子が好きだって男もいっぱいいるとは思うけど、世の中には。…でも、俺に限って言うと、だけど」 勢いに任せて喋り出してからそこで言い淀んだ。自分の好みがどんなか、なんて。当然あんたたち知ってるだろとか言っちゃったら。 やっぱり、茜の話が出て来ざるを得ないよな。…当然。 「川田くんの言いたいことはわかるけど、もちろん」 そういなしてきたマスターの表情に微かに同情の色が。と見るのは単に俺の僻み根性なのか。 若干遠慮がちだったマスターから話の主導権を奪うように難波さんが側から流れをもぎ取って口を差し挟んだ。 「そりゃ、茜ちゃんとは全く違うタイプなのは確かだけど。でも逆に、そういう方があんたには刺さるかもって考え方もあるじゃない?何となく川田くんには仕事ができる風のきりっとした大人の女性じゃなきゃってわたしたちも決めつけ過ぎなんじゃないかな、って最近思い始めてさ。思えばふられた彼女に似たタイプの人なんて。もう懲り懲りだ、ってあんたが考えててもおかしくないもんね。何かにつけてつい茜ちゃんを思い出させられる、ってのも痛々しい話だし」 「…」 その話しぶりで。本当に俺に気を遣ってるつもり?まじで塩塗り込みまくってるから、傷口に。 しかしまあ、考えてみればもう数年前のことだ。そこまで生々しい傷でもない。俺は気を取り直して顔を上げ、明るい声を出した。 「別に、そんな理由で今までここで紹介された子をスルーしてたわけじゃないですから。ていうか、俺だけが気乗りしてなかったわけじゃないですよ?女の子の方だって、バーでちょっと引き合わされた得体の知れない男とそのまま付き合いたいとはそんなに思わないのが普通でしょ。これまで誰とも上手くいかなかったのはたまたま、ですってば」 マスターはにっこり笑ってくれたが、難波さんはまだやや疑り深い顔つきで俺の方をじと、と見据えた。
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