ひかる、ひかる。

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――人間、だろうけど。こんな時間に、ランタンとシャベルだけ持って、黒コート着て?何しに行くんだ、あの人。 「せっかくだし、ちょっと後つけてみるか?せっかく着替えたんだし、ちょっと探偵気分でさー」  わかりやすい不審者、であるはずなのだが。どうにもその時、俺は気持ちが完全に舞い上がってしまっていたようである。せっかく着替えて外に出たのに勿体無い、という気持ちもあったのだろう。 「探偵ゴッコ!?やるやるー」  そして弟も弟でこの調子である。怖がりだが、海が怖がるのはあくまで“得体の知れないおばけ”の類のみだ。何故か、大きな犬だとか怪獣だとかは全然怖がらないと来ている。似たもの同士の二人、悪乗りして、そのままその人物の後を追ってみようという話になったのだ。  今から思えば――何故ここでやめておかなかったのだと、後悔しきりであるのだが。 ――何処行くんだろうなあ。駅と離れてく方向だし、あっちの方って空き地ばっかで店とかなんもなかったと思うんだけど。それも、夜中の二時だし。  母や祖父母に見つかったら間違いなく叱られるはずだが、この時はそんな当たり前の事実さえすっ飛んでいた。バレなきゃなんとかなるし、そうそうバレる心配もないと思っていたのである。なんといっても、俺達兄弟の部屋は二階で、両親の寝ている部屋は一階だ。トイレに起きたところで、俺達の部屋まで上がって様子を見に来ることなどまずないのである。  しばらく黒コートの人物の後をついていくと、その人物は一つの空き地の前で立ち止まった。草がぼうぼうに生えて、文字も読めなくなったような錆だらけの看板が一つ立っているような、そんな場所である。大昔にはちょっと立派な屋敷が立っていた、なんて話も聞くが。そこで嫌なことがあったのか、更地になってからも買い手がつかず、雑草生えまくりの荒地と化しているのだとかなんとか。 ――……?何してんだ、あれ。  そして、その人物は。背の高い雑草をかき分けながらざくざくと進むと、草の生い茂る空き地の真ん中に立ち止まり、ざくざくと音を立て始めたのである。  どうやら、スコップで地面を掘り返しているらしい。お宝でも眠っているのだろうか――こんな、雑草まみれの空き地に。俺達は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。男が動くたび、手に下げたランタンの明かりがゆらゆらと怪しく蠢き、まるで本当の火の玉のように夜の空間を踊ってみせていた。  どれくらいの時間が過ぎたのか。数分か、あるいはもっとか。俺達の視線に気づいていないらしい人物が、唐突に動きを止めた。どうやら、お目当ての穴は掘り終えたらしい。そして、ぽつりと一言を。 「ああ、良かった……ちゃんと、死んだままだあ……」  その、しゃがれた声を聞いた時。俺は背中が、ぞわりと総毛立つのを感じた。  変な奴だ、としか思っていなかった。地面を掘り始めてもまだ、きっと他愛のない理由だろうと馬鹿にしていた自分がいるのも否定はできない。  けれど、その言葉は。安堵しきった、その声は。少なくとも“いかれた不審者”の領分に入るであろうことには、十分で。 「……っ!!」  その人物が、振り向くような動作をした。俺は、結果を見るよりも先に、呆然と佇む海を抱えて走り出したのである。俺達がさほど荷物を持っておらず、加えて弟の方が俺よりかなり体が小さかったのが幸いした。きっと俺が声をかけた程度では、彼のフリーズは解けなかっただろうから。 ――今のはなんだ……今のは、なんだ!?  まるで耳の中に心臓があるかのように、ばくばくとうるさく鼓動が鳴っている。  あの人物は、あそこで何を確認していたのか。  そして、あれは本当に――人間だったのか。
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