四章:乙女の正義

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2人は電車で移動して繁華街を歩く。 アミューズメント施設が入ったビルに到着すると百世は理解した。 「なるほどね。プラネタリウム…」 「たまに来るんです」 百合は慣れた様子でチケットを購入すると、一枚を百世に差し出した。 「あのさ、アンタがチケット買うと”お礼”じゃなくなるんだけど…」 「言われてみれば。…ま、いいじゃないですか。こうやって付き合ってくれてるんだし。もう入場始まってますから行きましょ♪」 手を掴まれた百世は、そのまま百合に引っ張られて入場する。 外の明るさとは違ってオレンジ色の照明で照らされている会場は薄暗く、時間を麻痺させるほど異なった空間に見えた。 「…初めて来た」 促されるまま指定された場所に着席すると、慣れない環境に言葉を零す。 それを聞き逃さなかった百合は百世の顔を見た。 視線が合うと、百合はにっこりと笑う。 「それは連れてきた甲斐がありますね♪」 「なんでそんな嬉しそうなの」 「私の好きなものを山茶花さんに知ってもらえるからですよ」 楽し気に答える彼女の意図は、百世には理解できなかった。 彼女の好きなものを知ったところで、それがどうなるのか。 とはいえ、今日は建前上”お礼”という理由で時間を作っている。 無粋にそれを追求することはしなかった。 まだ浮かばぬ星に心を膨らませて天井を見上げる百合の表情を見ていると、その必要もないと思った。 「もうそろそろですよ」 ちらほらと席が埋まってきた頃、その言葉通り視界が暗転する。 星空が広がった。 アナウンスが流れ、星についての解説が流れる。 こと座、わし座、はくちょう座。 それらを結ぶ「夏の大三角」。 無数の星が輝く天の川。 厳かな星の光は、本物ではないとわかっていても綺麗だと感じた。 簡単な神話についてアナウンスが流れる。 誰もが知っている話だが、改めて聞く機会もないので新鮮な気もする。 ――ガシャアアアアアアアアアァン! 突然、大きな音がしたかと思うと世界が揺れる。 悲鳴と戸惑いの声が辺りに響いた。 隣にいた百合を見ると、不安そうな顔を向けている。 「大丈夫?」 「はい…。でも、今の何でしょう?」 非常灯が点灯すると、緊急用のアナウンスが流れた。 原因不明の施設一部崩壊報告。 避難経路の安全確認。 係員の指示に沿っての避難願い。 そんな内容だったが、パニックを起こした人間は冷静に話しを聞くこともできず、我先にと出口を目指す。 「わからない。けど、なんか大変なことにはなってるっぽいね」 「ど、どうしましょう…」 「…とりあえず、避難するときは俺の側から離れないで」 不安気な百合を宥めるように静かに伝える。 係員がホールの扉を開けると堰き止められた水が流れるように、一斉に人の波が動いた。 少し様子を見ていた百世は、その波が落ち着いたのを確認して立ち上がると、百合に手を差し伸べた。 「…俺達も行こう」 「は、はい!」 差し出された手を取って百合も立ち上がる。 その瞬間に、また揺れが起こった。 ――ドオオオオオオオオォォォ…ン! 遠くで何かが爆発したような音が響く。 続けて地鳴りがして建物全体が酷く揺れた。 よろけた百合の身体を、百世が抱き留める。 「あ…ありがとうございます」 「いや、いいよ。せっかくの”お礼”だったのに、とんだ日になったね」 「確かに、山茶花さんと一緒にいると色々ありますね」 「…疫病神って言いたい?」 百世は少し不機嫌そうな表情を浮かべた。 「ふふ、印象的な思い出が多いってことですよ」 「褒められてないよね、ソレ」 「前の時みたいに今回のもきっと笑い話になりますよ。…ってことです」 「…そうだといいけどね」 そんなやり取りをしながら、避難指示をしている係員に誘導される列に並ぶ。 指示の内容からエレベーターは停止して使用できないことがわかった。 「ここ何階だっけ?階段降りるのメチャメチャだるい…」 「運動不足の解消にいいかもしれませんよ?」 うんざりするような顔をした百世に、百合は軽口を叩く。 「こういう目に遭ってるのにアンタ意外と平気そうだよね」 「えへ★実は全然ですよ?今だって無事に避難できるかドキドキしてますもん。山茶花さんがいつも通りだから、私もいつも通りでいられてるんです」 あっけらかんとした口調で手を胸に当てる。 そんな百合と繋いだ手は、彼女の言葉を確定づけるように微かに震えていた。 「―…今度、ちゃんと仕切り直しするから。その時は楽しいといいね」 百合はきょとんとした顔を見せる。 そして、言葉の意味を理解して華やかに笑う。 「えへへ。私、山茶花さんのそういうとこ好きだなぁ…」 感情が溢れて口から零れ落ちた。 それを自覚して、百合は胸にくすぐったさを覚える。 そう、自分は「好き」なのだ。 山茶花 百世という人間が。 人付き合いが苦手で、だけど義理堅くて、不器用だけど優しい彼が。 恋を知らない自分がその感情を恋と呼ぶのかは判断しかねるが、確かに。
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