chapter1  それぞれの絶望

4/13
前へ
/60ページ
次へ
         2 2021年が幕を開けた頃、東京は雨が降っていた。 呉陽真莉(くれひまり)は以前から続く体調不良に苦しみ、スマホで『シャウトボイス』の投稿を見ていた。大抵見るのはうつ病と自殺の書き込みだった。 ここには陽真莉と同じ境遇の者やもっと悲惨な体験をしている人もいる。彼女はそれを見ながら、共感したり同情して過ごしていた。 陽真莉は12歳の小学6年生の8月に、父親を自殺によって亡くした“自死遺族”だった。 陽真莉の父は10年前、長時間労働による過労が原因で自宅で首を吊った。 一家の大黒柱を突然失った哀しみで、母はうつ病になり、一人娘の陽真莉は以後母や周囲に気を配りながら生活してきた。 父の自殺当時は学校が夏休みだったため、2学期が始まっても同級生に父のことは打ち明けられず、事実を知っているのは教師だけであった。 陽真莉は父のことが好きだった。父は優しく、彼女を心から可愛がってくれた。亡くなる直前の7月には、家族3人で北海道の富良野に行き、ラベンダーを見てきたばかりだというのに…。 なぜ父の異変に気付いてあげられなかったのだろう。あの時父は確かに働き詰めで帰りも深夜だったが、他に何か思いつめていたのだろうか。 陽真莉ら自死遺族の多くは、家族が自殺した後、何年もこういった自責の念に駆られる。彼女以上に母はそうで、亡くなった直後は精神病院に入退院を繰り返していた。母が不在の間、家で陽真莉は一人ぼっちだった。 父の死を少しずつ受け入れ5年が経過し、彼女が高校2年になった春頃、またも事件が起こった。 唯一無二の親友だったクラスメイトの豊浦香帆(とようらかほ)が、学校の屋上から飛び降り自殺したのだ。 香帆はいじめを受けていた様子もなく、勉強や運動も並以上の生徒だった。陽真莉は毎日のように香帆と一緒に帰っていたし、悩みも打ち明け合っていた。 なのに、どうして…。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加