chapter1  それぞれの絶望

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         3 埼玉に住む川根悠太(かわねゆうた)は、独り部屋で考え込んでいた。 2021年が始まったが、自分の状況は何も変わらないんだろうなと思っていた。 悠太は現在28歳だが、日雇いのアルバイトしかしておらず、仕事がない時は趣味の小説に没頭していた。 趣味といっても内容は本格的で、書き上げた作品を新人コンテストに何作か応募したこともある。ただし結果はどれも落選。小説家を諦め、漫画家の道を選ぼうと考えたこともあるが、そもそも絵を描くのは緻密(ちみつ)な作業で性に合わない。 結局小説家としては芽が出ず、もやもやした気持ちを抱きながら今に至る。 --自分には才能がない-- 最近の悠太はそう卑下するようになっていた。 昔はすらすら書けた文章も、今では途中で投げ出したり最初の展開と辻褄(つじつま)が合わなくなったりしていた。登場人物も何だかワンパターン。 これでは書き上げたとしても、プロとして名を売るようになるのは困難だろう。実際、賞を取るなどしないとプロデビューするのは難しい。 そして作家は孤独な職業で、色々な知識や経験がなければ思うように作品も書けない。 悠太はもはや自分には向いていないのかと思わざるを得なくなってきていた。 作家の行き詰まった時の苦悩。 あまりに上手くいかず思い詰めると、度々死を連想させることがある。 今でこそあまり聞かないが、昔の明治から昭和初期の文豪は自殺を選ぶケースも多かった。 自分の(つたな)い文章では、彼らの比べ物にならないが、思い悩む気持ちは理解できる。 悠太は幼い頃から本が好きで、何かを知ったり覚えたりすることが楽しかった。小学1年生から真似をして小説を書き始め、国立大学の文学部を卒業してからも就職はせず、小説家の道を諦めなかった。 だが30歳を目前にし、何も変わらず進まない現実を考えると、就職しておけばと後悔した気持ちになる。
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