私達は狂ってる

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 事の始まりは小学校高学年の頃だった。  いつも通り私と翠花、そして六花の三人で遊んでいると、突然六花が私達の腕を抓ってきた。  勿論痛いし驚いた私と翠花は、困惑しつつも六花を叱ろうとしたのだが、一番困惑し、怯えていたのはその当人である六花だった。  六花は、私達を抓った手を見ながら震え、自分でも何が何だかわからない様子でごめん、ごめんね、とただただ謝り続けていた。  それからというもの六花はたまに私達に暴力を振るうようになった。  まぁ、暴力と言っても所詮小学生、抓ったり軽く叩いたりと、その程度でしかなかったのだが、問題は別のところで、六花は自分が暴力を振るうことを自分でも何故振るってしまうのかを理解していなかったのだ。  私達も何度も暴力を振るわれるのは嫌なので六花を問い詰めたことがあるのだが、六花が言うには、心ではしたくないと思い衝動を抑えようとするのに、気付くと私達を傷付けているそうなのだ。  だから六花は毎回涙を流しながら何度も何度も私達に謝っていた。  私達も痛いのは嫌ではあったが、一度何かしらの暴力を振るえば収まることと、一番に苦しんでいるのが六花である、ということを幼心で理解していたので、それからは特に咎めることはなくなった。  勿論大人にも相談しなかった。そんなことをすれば六花が叱られてしまうし、下手したらこれから先六花と遊べなくなると思ったからだ。  しかし、問題はそれだけでは留まらなかった。  1つは六花が私達だけでなく他の人へも暴力を振るってしまうこと。 そしてもう1つは、歳を増すごとに暴力の頻度と、その威力も上がっていってしまったこと。  この2つだった。  後者に関しては私達が我慢すれば良いだけなので良かったのだが、前者はまずい。  他人を傷付ければそれは立派な犯罪になってしまう。六花が捕まってしまう。  それだけは駄目だと考えた私と翠花、六花は話し合っている時、翠花が自分からとんでもない宣言を六花へとしたのだ。  それはすべての暴力を私達が、延いては翠花が、一人で受け止める。というものだった。  六花自身成長したことで多少ならば暴力を抑えられること、翠花が常人ではありえないレベルで痛みに強かったこと、そして、今だからわかるが翠花は六花が好きだったのだ。  翠花が自分から私だけを傷付けてくれと願ったのは、好きな人が他人を傷付け苦しむ姿を見たくなく、自分から傷付けろと宣言した方が罪悪感が少なくて済むからだったのだろう。   それからというもの、六花は翠花のことしか傷付けていない。  私は、翠花に続くことはできなかった。  だから必死に勉強して医者を志した。精神疾患、脳医学、外科、内科、全ての分野の知識を狂ったように掻き集め、学び、知識とした。  全ては最愛の二人の幼馴染の為。  あの時翠花に続けなかった罪悪感の為。  そんな勉強漬けの毎日が過ぎるある日。一つの病に関する文献を目にした。それは、受動性狂気人格疾患。  その文献にはその病のことが事細かに記載されていた。 【受動性狂気人格疾患】 ・自分の意志とは関係なしに他人を傷付けたいという衝動に駆られる病。 ・傷付ける時と衝動の収まった時の差がまるで別人であることから、この名が付けられた。 ・発症する歳は千差万別であり、傷付ける方法も人それぞれではあるが、どの患者にも共通しているのは時間が経つに連れて衝動は膨れ上がり、暴力の度合いも増していく。 ・最終的には書いて字の如く狂人となり、それはただ誰かを傷付けるだけでは収まらず、人を殺すことでしか収まらなくなる。 ・現在明確な治療法はなく、不治の病である。 ・病気発覚後はすぐさま隔離される。 etc...  それはもう長々と書いてあったが、私が注視したのはたった一言、不治の病、これだけだった。  それを見た私が初めにしたことは、記載された病状と六花の症状との比較だった。  六花はこの病気じゃなくて、別の病気なんだ、不治の病なんかじゃないんだと淡い期待を持っての事だったのだが、結果としては全て合致。  六花は確実にその病だという証明にしかならなかった。  そうとなったら私の次の行動は早かった。  ひたすらその病についての文献を集め、どうにかして六花は治らないのかと模索した。どこかに治る方法が書いてあるのでないかと、だがやはり結果は無情で、不治、不治、不治、それだけだった。  それからというもの、私はその病を治す方法を自分で確立するために奔放しているが、未だにその成果は出ていない。  今日の翠花の傷を見る限り、六花の症状はかなり進んでしまっていると思えるし急がなくてはいけないのに、生活や実験の為に開いた小さな診療所が思いの外忙しくて最近碌に研究が出来ていないでいる。  まぁ診療所を開いたのは、傷付いた翠花を今みたいに治す為という理由もあるから、それは達成されているのだけれど。
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