私達は狂ってる

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翠花side  あの後一言も交わすことなく傷の縫合は終わった。 「ありがとうね、綾ちゃん」  本当に綾ちゃんには感謝してもしきれないくらいお世話になっている。けどその分心苦しさも強い。  特に、私達のために出世を蹴り続けていることには、申し訳なさを超えて謝罪の念すら湧いてくる。  なので、最近綾ちゃんと話すときはどうしても表情を明るくすることが出来ない。まぁ傷の痛みとか他の要因もあるかもしれないけど。 「いいのよ翠花、その…さっきは変なこと言ってごめんなさいね。忘れていいから」 「ううん、綾ちゃんが私達を心配して言ってくれてるのはわかってるから。でもごめんね、やっぱり私には六花を見捨てるのは無理だよ」  さっき弱音を吐いたばかりだけど、これだけは本心だった。 「そう、まぁあなたならそう言うと思ってたわ。翠花は、まだ六花のことは好きなの?」 「好きだよ、確かに病気は怖いけど、それに必死に抗って謝ってくる六花には愛しさしかないの。だから心配しないで?」  そう、悪いのは六花じゃない。病気だ。普段は昔と何も変わらないし、衝動の時にも優しい六花は存在しているのだから。  衝動に抗うのはとても辛い筈なのに、翠花の為にって衝動に抗う姿には愛しさが湧きあがる。  「はぁ…わかったわ。これからもあなた達の為に私も動くから、困ったときにはすぐに頼りなさい。わかったわね」 「うん…!もちろんだよ綾ちゃん。ありがとう」  私は見送ってくれた綾ちゃんに、再度ありがとうと言って帰路についた。  もう大分遅い時間になってしまったので、足速に自宅へと歩いていく。 (ん?こんな時間に人?)  それなりに時間が経ち、もう家が近くなってきたところで前に人影が見えたのだが、時間が時間なので怪訝に思いつつも気にしないようにして近づいていく。  向こうの人もこちら側に歩いてきているらしく、ぐんぐんと距離を縮めて残り数mのところで私は気づいた。 「あれ?もしかして六花…?」  肩まで伸ばしたセミロングの髪に、私よりも少しだけ小さな身長。どうやら前にいた人影は六花だったらしい。 「うん!そうだよスイ。帰り遅かったから少し心配になって。迷惑だったかな?」 声をかけると、六花は普段通り人懐っこい笑みを浮かべて小走りで近付いてくる。  現在同棲している六花は、どうやら遅い私を迎えに来てくれたらしい。  数時間前に衝動によって傷付けられたばかりだったので、少しだけ六花に対して不安になったけど、通常時の優しい雰囲気を纏っているのがわかると、不安は飛び、迎えに来てくれた事に愛しさが湧く。 「ありがとう六花。嬉しいよ。それじゃぁ帰ろっか?」 「ねぇねぇスイ。なんだかこんなに夜遅くに二人でって珍しいしさ、寄り道してかない?」  いたずらっぽい笑みを浮かべて提案してくる六花が可愛くて、私は喜んでその提案に乗った。  それから私達は夜の街を静かに、でも楽しく話しながら練り歩いた。  六花の明るいテンションに釣られて私も元気になる。真夜中に二人というのも相まって、まるで私達にだけ、明るいスポットライトが当たっているかのような錯覚に陥る。  基本的に六花は、衝動さえなければ明るい性格をしている。病気発症当時は衝動の後も罪悪感からか、元の明るい性格は鳴りを潜めてかなり暗くなっていたが、恐らくそれでは精神が保たなかったのだと思う。  一年くらいすると、六花は元の明るい性格に戻った。  衝動の時とその直後は泣いて謝るのだけど、今回の様に一度離れたりして一区切り着くと、人懐っこい性格に戻る。私としても気まずいのは嫌なのでこの状況を受け入れ、六花との普通の時間を楽しむようにしていると言う訳だ。  そんなこんなで歩いていると、昔私達が三人でよく遊んでいた公園についた。そして、初めて衝動が発症した場所でもある。 「六花が寄りたかったのってここ?」 「うん、久しぶりに来てみたくて。昼間だと子供がいるでしょ?だから、夜ならどうかなって思って」  「そっか、それにしても懐かしいね。あのブランコとか、ずっと乗ってたよね〜」  六花はまだ公園の入り口で立ち止まっているらしい。 小学校卒業と共に来なくなってた公園に私も懐かしくなり、まぁすぐに来るかと思い、公園の中へと歩いていく。  「スイ、ごめんね」 「えっ?」  そう告げる六花は、その手に持つナイフで私を切りつけた。 「あ、グッウゥ゛なん、でっ、りっ…か」  六花の声に反応して振り返った私のお腹には、ナイフが深く刺さっていた。  明らかに今までの傷とは比べ物にならないくらい深いだろう。痛みに強い私でも、かなりの激痛に苦悶の声が漏れる。  でもどうして、衝動のスパンが速すぎる。それに、衝動が起きたとき酷くならないようにって出歩くときに刃物は持たないようにしてたのに…! 「私はねきっとこのままだといつかスイの事を衝動で殺しちゃうと思うの、でもそんなの嫌だ。だからごめんね、スイ。それと、ありがとう。大好きだよ」  六花は一筋の涙を流しながらも落ち着いた声でそう言うと、刺さっていたナイフを横へなぎ払った。  そしてそのナイフを六花は自分の喉に勢い良く突き立てる。六花は血を流しながらゆっくりと倒れ、私と向かい合って倒れた。  そっか、これ衝動のせいじゃないんだね。  横に倒れた六花の顔を見た私は不思議と理解していた。もう死ぬのが確定だからだろうか?とても頭が澄み渡っている。何も無駄な事は考えずに、最愛の人と綾ちゃんへの気持ちが頭を埋め尽くしていく。  綾ちゃんには寂しい思いさせちゃうかな、けど安心して欲しいな、不思議と辛くはないよ、だから大丈夫だよ。   六花がどうしてこんなことをしたのかはわからない、けど1つだけわかるのは、最後に見た六花はとても優しい顔をしていたということで、何故だか私にはそれが、とても心地よく感じたのだ。
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