落ちた穴の向こう側

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 どこまで続くともわからない、薄暗い通路だった。もちろん今までに通ったことがある道じゃない。でも足元は平らで歩きやすい。    「こんなに整備された洞窟なら、きっと外に出れるでしょ」    完全に迷子になっていたが、マキはさほど気に病むこともなくスタスタと前を向いて歩く。  事の始まりは数時間前……。    ◆◆◆    家の庭に生えた草を、嫌々ながら抜いていた時のことだ。  草取りは大切な仕事だということは、マキにもわかっている。放っておくと、やがて庭を覆いつくしてしまう。いや、そうなる前にご近所様からの苦情があちらこちらから聞こえてくるだろう。  嫌々ながらも雑草と戦うこと一時間以上。抜いた草はけっこうな山になった。あとはコンポストに放り込んでおけば、やがて堆肥になって今度は家庭菜園を潤してくれる。 「生えてる草がそのまま堆肥になってくれれば楽なのに……」  誰が聞いているということもない、庭の奥まった場所だからと、マキは遠慮なく大声で愚痴をこぼしていた。   「このくらい抜いておけば、当分苦情は出ないでしょ。これで最後にしとこ」    そして、ひときわ大きな雑草の株に手をかけて、思いっきり引き抜いたその時だった。足元がドンという音とともに崩れ落ちたのだ。 「きゃあああっ」  マキは悲鳴を上げながら、足元の土と共に穴に滑り落ちていった。深く、深く、どこまでも。  幸いなことに穴の壁に体をこすりながら落ちたことで、落下のスピードは減速した。それに一緒に落ちた土がクッションになり、着地の衝撃を和らげたのも良かった。幸運が重なって、マキは怪我一つなく立ち上がる。   「痛ぁ……」    土を落とそうとスカートを叩いて、お尻の痛さに顔をしかめる。  これは、痣になっちゃうかもしれないな。でも痣くらいで済んだのを感謝するべきか。  見上げれば地表は遥か上だ。  地盤が緩んでいたのだろうか。それとも地下水脈がいつの間にかマキの家の下に空洞を作っていたのか。  よじ登ろうとしても土がぼろぼろと崩れて頭の上に降りかかる。このままだと、周りの土地も崩落して生き埋めになってしまうかも。  せっかくこの高さを落ちても無事だったのだ。生き埋めは勘弁してほしい。  穴の底は暗いが、徐々に目は慣れてくる。マキはどこからか地上に出られないかと周囲を見回した。  すると目の前に、いっそう暗い闇がある。 「横穴だわ」  立って歩くのは難しいが這えば容易に通れそうな横穴。  この穴を進むべきか、それともここで誰かの助けを待つべきか。  上を見れば落とし穴の壁は、ぼろぼろと今も少しずつ土を降らす。  悩むまでもない。  肩をすくめて、マキは膝をついた。  横穴の地面は意外と小石など少なく、膝を痛めることもなく進むことができたのは幸いだ。  やがて穴はだんだん大きくなり、今では立って歩ける。そして土ばかりだった地面に石が目立つようになった。マキは大きな岩が壁から飛び出しているのを避けて歩く。  ぴちゃん。  水滴が落ちる音がする。  壁はいつの間にか滑らかな岩肌に変わった。足元に水が流れ、通路は広くなり、そして狭くなり、上り、そして下る。方向感覚も狂うほどに向きを変えた。落ちた場所まで戻ろうと思って戻れないことはないはずだ。けれど今更この道を戻りたくはない。  前へ進もう。前へ。    マキは人並みには夜目が効く。真っ暗なはずの洞窟内だが、ヒカリゴケでも生えているのだろうか。ぼんやりと岩肌が見える程度の明るさがあった。 「……とはいえ、そろそろ明るい場所に出たい気はするなあ。歩くのに疲れちゃったし」  暗い所に長くいると、ニュース番組の話題が思い出される。  異常気象というのだろうか、最近は昼間でも夜のように暗い日が何日も続いたりする。まるで不幸を待ち望むように、テレビでは不吉な予言が取り上げられていた。世紀末だとか、太陽の寿命が近づいているだとか。あげく政府の高官が異世界へ移住する方法を探しているだのという話題などもあって可笑しい。  そんな噂が本当か嘘か、末端の一市民であるマキにわかるはずもない。  太陽が寿命なら、お部屋の電気をつければいいじゃない!  なにはともあれ、早く明るい所に出たいものだ。 ◆◆◆  歩き始めて数時間は経っただろう。気が付くと、それまでの鍾乳洞っぽい道が、人の手によって整えられたトンネルになっていた。  足元は平らで歩きやすく、壁には等間隔に光る石が埋め込まれている。それでも通路は薄暗いが、緩やかに上に向かって伸びていて確かに出口へと向かっているという手ごたえがある。 「それにしても……こんなに歩いてもまだ地上に出ないなんて、そんなに深く落ちたかな?」  途中で下り道もあったのでそのせいかもしれない。マキは黙々と前へと進んだ。そして歩き疲れて音を上げそうになった時、ようやく光が通路の先に見えた。 「やった!」  新鮮な空気が流れ込んでくるのが分かる。  もう二度とこんな探検はごめんだが、自宅の地下にあった洞窟がどんな場所に繋がっているのか、すごく気になる。マキは浮き立つ気持ちを押さえて、出口までペースを変えずに歩いた。  ついに洞窟の出口だ。そこはマキの身長ほどもある草に覆われている。びっくりするくらい濃い緑色。そしてその隙間からは、刺すように眩しい光。 「こんなに明るいって……まるで太陽のすぐそばみたい」  草をかき分けて、マキはようやく日の光の降り注ぐ場所に出た。そして眩しそうに空を見上げる。 「変ねえ。あれ、何かしら?」  空は青く、真っ白いふわふわの雲がいくつも浮かんでいる。  マキは首をかしげながら、ただ空を見上げていた。  穴の出口から見える空は、マキの住んでいる地下世界ではありえない色をしている。それはまるで異世界のような、不思議で幻想的な光景だった。
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