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「今回、呼び出したのは他でもない。お前に頼みがあるからだ」
「はっ、何なりとお申し付け下さい」
「儂は、ずっと夢を見てきた」
「夢……で御座いますか?」
「そうだ。夢だ」
男は空を見た。
当然、障子は先程男が自ら閉めたのだからどれだけ頑張っても空が見えるわけもないのだが、男はそんなことなどは気にせずにそのまま話を続けた。
「この国を明るい国にすること。皆が幸せだと思える国にすること。世界で一番の国にすること……人からすれば阿呆みたいな夢だが、そんな夢を見て儂はずっと突っ走ってきた」
「……その夢も、もうすぐ叶う頃で御座いますね」
「あぁ……だが、駄目なんだ」
男は空を見ようとするのは止め、視線を畳に落とした。
少しだけ、染みが付いている。そろそろ変え時だろうか。
「……儂がいる限り、その夢を叶えることは無理だと気がついたのだ」
「……何故、」
「お前は当然知っているだろうが、儂は長年、人道に反する事を多々してきた。大量殺戮を行ったり、寺を燃やしたりもした。数えたらきりがないくらいだ。まさに極悪非道そのものだろう」
「しかし、それは……」
「あぁ。この国の為にしてきたつもりだ。皆が幸せになれるように、明るくなれるようにと。実際、商売も自由に出来るようになったことで城下には活気が溢れるようになったし、異国の物も入ってきて暮らしも少しは豊かになった」
「とても素晴らしい事です」
その客人の返答に、男は少しだけ笑いを溢した。
皆がよく言う、予想通りの返答だったからだ。
「……だが、考えてもみろ。殺された者はどうなる?殺された者の家族はどうなった?」
「……」
「この国には、儂がしたことで幸せになった者もいるだろう。が、それよりも儂の事を恨んでいる者の方が多いだろうな」
男は畳の染みをそっと撫でた。
何だかこの染み、以前異人に見せてもらった地球儀という物に描かれていたこの国の形に似ている。
……畳を変えるのは止そう。
「……それでは、駄目なんだ。皆が幸せという世の中にはなれない」
「しかし、致しがなかったことですし……」
「儂の夢は、皆が明るく幸せに暮らせる世の中なのだ。一人でも苦しむものがあってはならん」
男は染みから目を離し、客人である男に目を向けた。
「そこで、だ。お前に頼みがある」
「……は、何でしょう」
「儂を殺せ」
一瞬、空気が止まったのを感じた。
しかしここで止めるわけにはいかない。
男は続けた。
「はっきり言って、難しい話ではあると思う。お前にとって利点は一つもないわけだからな。下手したらお前も死ぬし、お家断絶にもなるだろう。だから、無理にとは言わん」
「……」
「お前にはこの様な事を頼んで悪いと思っている。だが、こんなことを頼めるのはお前しかいないのだ」
「……貴方様が死んだら、貴方様の夢は叶うのですか」
「あぁ。……きっと、な。そうなってくれることを信じているよ」
二人を、静寂が包む。
男は今度は口を開かなかった。
「……承知しました。その役、引き受けましょう」
「本当に良いのか?」
「はい。それで貴方様の夢が叶うのなら」
「死ぬぞ?」
「命など、惜しくはありません。勿論、お家も。貴方様の夢を叶えるためなら何もかもをかなぐり捨てるつもりで御座います故」
客人の答えに、男は破顔した。
──嗚呼、これできっと夢が叶う。
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