かわたれに、臍を噛む。

9/17
前へ
/21ページ
次へ
 だめだ。そう決心して、爪が食い込むくらいに両手を握りしめた。わたしには正宏くんと付き合う権利なんてない。  このままの気持で、これ以上そばにいると、恋愛を勝ち負けでとらえて、正宏くんに酷い仕打ちをするかもしれない。もっと傷つけるかもしれない。  わたしの心のなかにはまだ、飯野さんがいる……  振り払って、消し去っても、まだ。  いないように見せかけて、いるんだ。  まだ。  ああ。わたしの口から熱い吐息が漏れた。  なぜ、正宏くんではだめで、どうして飯野さんなのだろう。  正宏くんの顔を見られなかった。泣いちゃいけない。  正宏くんのほうが泣きたいに決まっている。 「別れてください」自分の声が遠くから聞こえるように思えた。 「さやかちゃん」と言いかけて、彼はそのまま黙り込む。 「こんなときに話すことじゃないってわかってる。でももう」 「それ以上言わないで」さえぎるように正宏くんが言い放った。「お願いだから」 「ごめんなさい……ごめんなさい」わたしはうつむいた。涙声だった。  二人とも、泣いていた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加