1 君と呼ぶひと

5/29

300人が本棚に入れています
本棚に追加
/314ページ
「菜々は、美容師さんになれそうだよね」 すました笑顔を貼り付けて、左隣りの菜々に笑いかける。菜々は一瞬の間を置いて、ほんのり切なく私に微笑んだ。 私といると嫌な想いをしちゃうことが多いのに、それでも菜々は私の隣を歩き続けてくれる。 「ありがとう詩葉ちゃん。でもね、私は公務員を目指してるの」 「そうだったんだ! いいね。市役所とか?」 「うん、そんな感じ」 そう言った菜々が、どこか寂しそうに瞳を揺らしたのが気になった。 菜々のお父さんは県の議員さんで、お母さんは学校の先生。門限も厳しく、教育的な家庭のイメージがある。菜々は部活は入っていないけれど、放課後は塾や華道などのお稽古があって、いつも忙しくしてる。 「あっ!」 渡り廊下の真ん中まで来たところで、菜々が声を上げて足を止めた。 「ごめんね、詩葉ちゃん。私USB忘れてきた。先行ってて」 「うん、わかった」 何事にも一生懸命な菜々は時々ドジっ子だけど、そこがまたチャームポイントだ。 パタパタと走る小さな後ろ姿を見送ると、菜々を待とうか少し悩んで、先に行くことにした。
/314ページ

最初のコメントを投稿しよう!

300人が本棚に入れています
本棚に追加