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カナコが薄暗い地下室に閉じ込められてから、もうすぐ一か月が過ぎようとしていた。
彼女が閉じこめられたときは十一月の後半だったから、きっと外の世界はもうクリスマス一色になっていることだろう。もしかすると雪がちらついているかもしれない。地下室の中は肌寒かった。
「……髪をちゃんと洗いたいな」
自慢であった母譲りの長い黒髪は今や見る影もない。
ボサボサの自身の髪を触りながら、カナコはぽつりと呟いた。
ひと月ほど前。
カナコは彼氏のシンジと家の前を歩いていたときに男に襲撃された。男は持っていた金属バットでシンジの後頭部を殴ったあと、思い切りカナコの頬を張った。シンジが倒れ彼女が混乱している間に両手を掴み、ずるずると自身の家まで引っ張っていったのだ。
そのまま男の地下室に監禁され、今に至るというわけである。
食事は一日一回。夕方頃(途中から時間の感覚が麻痺してきて分からなくなってきた)菓子パンが二個、ペットボトル入りのジュースが一本、男により差し入れられる。
お腹が空いたときにカナコはその菓子パンとジュースをもそもそと食べていた。今日は百円の値札が付いたメロンパンとジャムパンだ。
口の中のパンをグレープ味の炭酸飲料で胃に流し込みながら、カナコは改めて周りを見渡してみた。
地下室は流石に電気は付いていたが、それでも薄暗いことに変わりはなかった。カナコはもう一か月も太陽を見ていない。六畳ほどの小さな部屋には古ぼけた人形たちが、カナコを取り囲むように飾られていた。埃をかぶった人形たちから監視されているようで、カナコは身震いした。
おずおずと人形の一つを手に取る。
くるくるとカールのかかった金髪の人形を眺めながら、カナコは子供の頃のことを思い出していた。
それはカナコが五歳の頃の記憶。
キラキラと光を放つ優しい思い出のなかでカナコは、真面目な父と美しい母に囲まれ喜々として自身の夢を語っていた。
『歌手になりたい』
それはカナコの幼いころからの夢。
そしてそれはきっと、両親の夢でもあったのだろう。小さなカナコがおもちゃのマイクを手に取って歌うと、特に父はとても喜んでくれたのを覚えている。
あのときは幸せだったなあ。カナコは思った。
こうして地下に閉じ込められている今、その夢は潰えてしまっている。
――ううん、夢は終わってなんかない。
私はこうして生きている。閉じこめられて出られないだけ。外に出る。光を浴びる。そして夢を叶えたい。
そう、自分自身のために。
そして。
――私の夢を応援してくれていたお父さんのためにも。
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