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「──失礼致します。お話し中に、申し訳ございません」
会話が途切れるのを待っていたかのように控え目に掛けられた声に振り返ると、静かに引かれた襖戸に、都築圭が姿を現した。
葬儀担当者である彼は、制服である黒のスーツをぴしりと隙なく着こなし、白手袋を着用して慇懃に頭を下げている。後ろに女性スタッフが2人、控えていた。
「恐れ入りますが、喪主様。そろそろお時間ですので……お母様を式場へお連れしてもよろしいでしょうか」
「ああ! もうそんな時間ですかな。いや、すみません。どうぞ、お願いします」
都築の言葉に、喪主はパッと顔を上げて立ち上がった。
侑紀も腕時計を見てはっとし、持参していたバインダーを抱え、慌てて立ち上がる。
午後7時からの通夜式まで、あと15分を切っている。
戸口で、都築が再度頭を下げた。
「では、失礼致します──広瀬くん、あとでちょっと」
「っ、はい」
すれ違いざまにギロリと睨まれ、侑紀は俯いて足早に控え室を出た。
隣接している式場には、既にかなりの親族の姿が見えている。
「ご親族は、もう案内したから」
女性スタッフに耳打ちされ、頷いた侑紀は急いで司会台へと戻った。
(……やばい)
嫌な汗を掻きながら、手元の資料に目を通す。
葬儀の司会という慣れない職業に就いてから既に半年が過ぎようとしていたが、侑紀が都築の叱責を受けない日など、ないに等しかった。
葬儀会館タチバナメモリアル桃山支店で唯一、厚生労働省認定1級葬祭ディレクターの資格を有する都築は、誰よりも厳しいことで有名だった。ちなみに、他の社員は皆、2級らしい。
細かいことも見逃さず、目上目下関係なく叱責する彼を怖がるスタッフは多く、それはもちろん侑紀も例外ではない。
しかしその反面、彼の担当する式はお客様に大変評判が良く、結果その式に携わった他のスタッフたちも高評価を受けることとなり、実際のところ彼は皆に一目置かれている。
(どうしよう、時間がない。お寺さんとの打ち合わせにも行かないと……)
侑紀の時間配分の悪さは、常々都築から指摘を受けているところだった。
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