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「侑紀くん、まだ帰らないの? 送っていくよ」
柩も親族の控え室へと移送され、誰もいなくなった式場に住職が顔を見せた。すっかり帰り支度を整え、にこにこと侑紀を誘う。
「ありがとうございます、まだ仕事が残っていますので……」
自分を送ってくれるという申し出をやんわりと断るのも、住職と顔を合わせる時はいつものことだった。
気軽に声を掛けてくれるが、自分なんかが住職に送ってもらうなど、ばちが当たってしまいそうだ。
「そう? じゃあまた明日ね。ご両親によろしく」
女性スタッフに付き添われながら、にこにこと愛想良く帰って行く住職を見送る。
侑紀は、まだ司会台にいた。
本来なら帰っていい時刻なのだが、都築に黙って帰るとあとが怖い。
(そうだ、今のうちに明日のナレーション書いておこう)
喪主や家族に故人の人柄や思い出を聞き、ナレーションにして朗読することも、司会の仕事だ。
できれば通夜である今日も、開式前に少しでも入れたかったが、あまりに時間がなさすぎた。
それもこれも、自分自身の時間配分の悪さゆえだと反省する。
今日の喪主は、特に思いが強い。
少しでも、気持ちに添えるナレーションを書きたいと、侑紀は思った。
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