ワインの色

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ワインの色

 星一つ見えない夜空を見上げるたびに思う。ここは私の居るべき場所ではないと。でも、どこへ行けばいいのかわからない。自分がどうすればいいのかも……。  いつものコーヒーショップは満席だったので、カフェラテを手にテラス席に出た。街路樹はどれも青色のイルミネーションで彩られていて、余計に寒々しく感じた私はマフラーの中に顎を埋めた。  こんな寒い夜なのにテラス席もほぼいっぱいで、辛うじて残っているテーブルを目指して歩く。辿り着いた丸テーブルの上にカップを置いてから白いスツールに腰かけると、その冷たさに思わずお尻が跳ね上がった。  そろりと慎重に座り直し、熱々のカフェラテに口を付けられないまま手持ち無沙汰で隣のテーブルを見ると、仲睦まじい二人の左手の薬指にはお揃いの指輪が光っていた。咄嗟に自分のバッグをギュッと押さえる。内ポケットの中の指輪の存在を確かめるように。 「ゴメン! 待った?」  息せき切って走ってきたのは理人(りひと)。柔らかそうな栗色の髪、白い肌、彫りの深い顔立ち。誰が見ても外国人の血が混ざっていることは明らかだ。ハーフとかダブルとかミックスとか言い方は様々だけれど、理人自身は日本人だと言っている。  一年前の今日、「ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれた日本人だよ」と自己紹介する彼と出会った。見た目は日本人離れしているけれど、日本生まれの日本育ちで日本語しか話せない。だから自分は日本人だと胸を張る彼が、私には眩しく見えた。  手元のスマホに目を落とすと、ちょうど待ち合わせしていた時刻だった。 「さすがね、理人。時間ピッタリよ」  理人が約束を(たが)えたり時間に遅れてきたことは一度もない。厳格な父親の影響だと本人は苦笑するけれど、彼自身の誠実さの表れだと思う。 「今日はケイと出会ったあの店を押さえてあるんだ」  さあ、行こうと理人は私の左手を取った。戸惑いながらも、カフェラテを右手に持ち彼について行く。  もしも……。  私の薬指に指輪が嵌っていたら、彼はこんな風に私の手を握ってはくれないだろう。それどころか、もう二度と会ってはくれないかもしれない。だから私はあの指輪を外したままにしている。いけないことだとわかっていても。
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