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言えない言葉
「ケイ? ザワークラウトは口に合わなかった?」
理人に尋ねられて初めて自分が眉根を寄せて咀嚼していることに気付いた。今、理人が何を話していたのかもよく憶えていない。
「ううん、そんなことない。とても美味しい。……ごめんなさい。何の話だっけ?」
「クリスマスに兄妹が実家に集まるって話。良ければケイにも来てほしいんだ」
「私? 家族水入らずのところに私なんかが行ったら変でしょ?」
「そんなことないよ。両親は大喜びすると思う」
理人の実家が茨城県にあるという話は前に聞いたことがある。三つ違いのお兄さんと二つ違いの妹さんの三人兄妹。確かお兄さんも妹さんも結婚していて、それぞれ子どもがいたはずだ。
可愛い子どもたちや孫たちに囲まれて楽しく過ごすクリスマスに、どこの馬の骨かもわからない私が行っても歓迎されるわけがない。
「理人、せっかくのお誘いだけど、やっぱり」
「親に『結婚を前提に付き合ってる人がいる』って話したんだ」
断ろうとした私の言葉に、焦ったような理人の声が被さった。
「え?」
「だから、ケイに来てほしい。ちゃんと僕の家族に紹介したい」
「それって……『早く結婚しろ』って親がうるさいから苦し紛れの嘘を吐いちゃって、私に恋人のフリをしてほしいってこと?」
「フリって何⁉ 僕たち恋人だろ? 『結婚を前提に』っていうのは先走り過ぎたって言うか、願望の表れって言うかだけど……」
理人の言葉が尻すぼみになっていく。
「私たち、恋人?」
毎日メッセージのやり取りをするし、週に一度は一緒にご飯を食べに行ったり、美術展に行ったりはする。手を繋いで歩くこともあるけれど、お互いの家に行ったことはないし、キスもそれ以上のこともしたことがない。
どこまでが友達でどこからが恋人なのか。二人の関係をはっきりさせたくなかったはずなのに、理人に「恋人だろ?」と言われて嬉しい気持ちが溢れそうになる。
「ケイ、もう曖昧にしたくない。僕は君を愛して」
「ごめん。もう行くね」
「ケイ!」
立ち上がろうとした私はどこまでも意気地なしだ。理人に手を掴まれて、仕方なくイスに座り直した。
「理人だってわかってるでしょ? 私の記憶が戻ったら、私はあなたのことを忘れてしまうかもしれない。たとえ忘れなくても、私は元の生活に戻らなければならなくなる。今の私には何の約束もできないの」
「このままずっと記憶が戻らない可能性だってある。思い出せない過去に怯えて、今の幸せに背を向けることはない。君も僕を愛してる。そうだろ?」
縋りつくような瞳から目を逸らす。そうだと言ってしまえたら、どんなにいいだろう。「私もあなたを愛している」と。
でも、この指輪がある限り、それは言ってはいけない言葉だった。もう隠してはおけない。
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