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「実は催眠療法に詳しい知り合いがいるんだ。ケイさえ良ければ一度試してみないか?」
「催眠療法? それで記憶を取り戻せるかもしれないの?」
「やってみる価値はあると思う。すべてを思い出して、その上で僕と一緒に生きてほしい」
「もしも私が結婚していて子どももいたら?」
「……正直、それでも僕を選んで欲しいけど、その時はケイが出した結論に従う」
理人の決然とした言葉には悲壮感が漂っていた。記憶が戻ったら、私たちの関係は確実に変わる。それだけははっきりしていた。
「わかった。催眠療法、受けてみる。少しでも可能性があるなら前へ進みたいから」
「ありがとう」
微笑んでくれた理人の手に、私はそっと自分の手を重ねた。
店を一歩出た途端に、足元から冷気に襲われた。鉄道の車両基地に面しているせいか吹きさらしの風が冷たい。
ふとあの跨線橋を見上げたら、フラッシュバックのように怒鳴り散らす男性の顔が目に浮かび、ズキンと後頭部に激痛が走った。
何、これ? こめかみのあたりがズキズキする偏頭痛はよくあるものの、こんな風に締め付けられるような痛みを後頭部に感じたことなんてない。
「ケイ⁉ どうした?」
「頭が……」
『痛い』という言葉さえ出せなくて、私は頭を押さえながらその場にうずくまった。
「ケイ! 今、救急車呼ぶから!」
理人が歩道に胡坐をかいて、私を後ろから抱きかかえるようにしてくれた。彼はスマホを耳に当てて、場所を説明している。その声がだんだん遠のいていく。
理人、お尻が冷たいでしょ? 私はあなたの胸の中であったかいよ。そんな顔しないで。私は大丈夫だから。ただ頭がものすごく痛いだけ。それに少し眩暈もするけれど。理人がこうしてそばにいてくれるなら、私は幸せだよ?
薄れゆく意識の中で、微かに救急車のサイレンの音が聞こえた気がした。
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