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三か月ごとの検診を終え、病院の正面玄関を出ると、そこにいるはずのない人の姿を見つけた。
「理人……さん?」
「ケイ! っと、違った。……恵子さん」
一年前、救急車で病院に運ばれた私は、元の記憶を取り戻したのと引き換えに彼との一年間を忘れてしまった。どんなに二人の思い出を語られても混乱するばかりで、私は助けてくれた恩人の名前と連絡先を教えてもらうだけで精一杯だった。
やがて病院から連絡を受けた颯ちゃんが駆けつけてくれ、気がつけば理人さんは何も言わずに立ち去った後だった。
「ごめんね。新宿で待ち合わせるはずだったのに、少しでも早く会いたくて」
にこやかに歩み寄ってきた理人さんは、私の後ろから歩いてきた颯ちゃんに気付くと足を止め表情を硬くした。
「あれ? あんた、恵子を助けてくれた人だよな? 藤原さん……だっけ?」
「あ、はい」
「その節は恵子がお世話になりました」
「いえ……」
「今日はどうかされたんですか?」
私を庇うように前に出て尋ねる颯ちゃんの腕を引っ張ると、それを見た理人さんは唇を噛んで俯いた。
「颯ちゃん、私が藤原さんに連絡して来てもらったの。ちゃんとお礼を言いたかったし、記憶を無くしていた間のことも詳しく聞きたくて。ほら、東京に出てくるのは今日が最後になるから」
「今日が最後って?」
颯ちゃんの頭越しに理人さんの焦ったような表情が見えた。
「とりあえず定期的な検診は今日で終わりで、あとは何かあったら受診するようにとのことなので、もう上京することはないと思うんです」
「そうなんですか。それは……良かった……」
「あー、じゃあ二人で積もる話もあるだろうから、俺は先に帰るわ。藤原さん、すみませんがこいつが新幹線に乗るところまで見届けてくれますか?」
「あ、はい。それはもちろん」
理人さんは大きく頷いたものの、歩き去る颯ちゃんを怪訝な顔のまま見送った。
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