或る、光の勇者の物語

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『好き好んで、世界の敵になりたい奴なんざいない。そうなるしかないなら、そこには必ず理由がある』  最後の勇者は、はっきりと女神にそう断言した。 『今の魔王が世界に復讐したい理由は、先代魔王にして今の魔王の兄貴が殺されたから。兄貴が世界に牙剥いた理由は……彼らの一族が、この世界最大の国であるトリスタン王国で迫害され、奴隷同然の扱いを受けていたからだ。兄貴は仲間と家族の権利を求めて蜂起し、革命を起こそうとしていた。しかし、その声を誰も聞き届けることもなく、勇者に倒されちまったんだ。……次の魔王が産まれたのは、そういう理由だ』  元・魔王であったサトヤは。虐げられ、世界に弓引く者の気持ちを、誰よりも理解していた。復讐を否定せず、弱者ゆえにテロ行為に及んだ者達の存在を認め、彼らを正しく“裁く”ためにはいかようにするべきかを真剣に考えた。  今までの勇者とは違い、いきなり剣を持って魔王に斬りかかることなどせず――事前に情報を徹底的に調べあげたのである。 『この世界の歪みを正さなきゃ、魔王は永遠に生まれ続ける。第二、第三の魔王を作りたくないなら、世界の仕組みそのものを直すしかねえ。あんたは何千年も女神をやっていながら、そんな簡単なこともわからなかったのか』  彼はエリオーネにそう説教すると――魔王討伐に向かい。初めて、魔王を殺さずに生け捕りにした。そして、彼の兄を正しく弔うことを誓い、彼らの一族に対する不名誉極まりないトリスタン王国の法律を改正するように求めたのである。  魔王の元に集った者達もまた、今の世界に居場所のない者ばかりだった。  差別された者達には正しく人としての権利保証を求め、仕事のない者達は安全な家と仕事を提供できる仕組みを提示した。両親がいない子供は、学業と職業訓練を行える施設を整え、不平等な身分制度は撤廃するよう働きかけた。  確かに、勇者は異世界の存在である。けれど、この世界の者だけで解決できないからこそ、自分はやむを得ず世界を救う勇者をよそから呼んできた筈だ。ならばその仕事は、魔王を倒すだけで終わるはずがない。魔王を倒してからがむしろ本番であるのだと、自分はどうして気付くことができなかったのだろう。  同時に。――光の勇者という言葉に囚われて、大切なことを見失っていた己に気づいたのだ。  本当の光の意味。――闇の深さを知り、そこから這い上がった者だけが、知っているのだということに。  なぜなら闇を、そこに堕ちて苦しんだことのない者の綺麗すぎる手では。そこから誰かを救い上げることなど、出来る筈もないのだから。 『本当の光は。闇の中から生まれるものなのですね』  エリオーネが告げると、長期滞在を余儀なくされた最後の勇者は、苦笑気味にこう答えたのだった。 『そう思うなら次は、もっと暗い場所にも目を向けてくれよ。光は、闇がなけりゃ輝けないもんなんだからさ』  今の自分達の選択が、どこまで正しいのかはまだわからない。  しかし少なくとも今エリオーネは思うのだ。夜明けが美しいのはきっと、そこに夜の闇が存在するがゆえなのだと。
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