或る、光の勇者の物語

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或る、光の勇者の物語

 人々の生活を脅かし、人々に恐怖を与え、平和を奪う者を――何故だか御伽噺の世界では“魔王”と呼ぶのが定番であるらしい。  そして平和な世界の真っ当な神様とやらは、大抵“心優しい光の女神様”だと相場が決まっているようだ。優しさや、光、温かさの象徴として男神よりも女神の方が人々に想像されやすいのだろう。我が子を慈悲の心で身守る母親に、神なる存在を重ねるからなのかもしれない。  ゆえに。とある異世界でもまた、その世界を統べる“神”は心優しく見目麗しい女神とされていた。名前をエリオーネ。世界を作った存在として人々に語られ、信仰されることによって誕生した神である。実際のところそこまで大きな力があるわけではない。エリオーネが産まれた時にはもう、この世界は存在していたのだから。  女神に出来ることは、この世界の生態系にほんの少し影響を与えること。そして、人々を悩ませる災害などを解決する手伝いをすることくらいなものだった。神と呼ばれながら大きな力を持たないのは、あくまで己が本物の創造主ではなく、人々の信仰によって産まれた女神だからにすぎないからである。  同時に、大きすぎる力を一人の存在が持つのは、多くの異世界でタブーとされ禁じられているからということもあった。大きすぎる力は、世界そのもののバランスを崩す恐れがある。絶対的な独裁者に支配された世界が、けして長続きすることなどないように。 ――私の願いは、この美しく穏やかな世界が、いつまでも平和に長続きすること。それを祈るためだけに、私は存在するのですから。  エリオーネが身守る中、妖精達が舞い踊り、花が咲き誇り、お城では姫君と騎士達が笑顔で挨拶をかわす世界は。何百年、何千年と平和な時代を過ごしていったのである。  だが、ある時――その世界に、“魔王”が現れた。  正確には、そう呼ばれた存在ではない。一人の少年“トーマス”が軍隊を作り上げ、世界に向けて宣戦布告したのである。その行動は、戦争というよりも虐殺に近いものだった。王都は焼かれ、魔法や爆弾の雨に降られた町は焼け野原となり、人々は泣き叫びながら逃げ惑った。少年の主張はただ一つ――今のこの世界が許せないから壊す、それだけだった。  平和な世界は戦火に染まり、人々も妖精達も女神に希った。どうか、“魔王”を倒すことのできる勇者を私達の元に送り込んでください、と。  そう、世界に危機が訪れし時、女神が選ばれし光の勇者を召喚し世界を救ってくれるであろう――と。そんな言い伝えが、この世界にはあったのである。そして女神には世界を救う勇者を異世界から呼び出す力が実際に備わっていたのだ。自分自身が救世主になれない代わりに、相応しい光の心の者を選び出し、勇者に相応しい力を与えることができる術を、である。
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