白い顔の女

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 二人の別れ話に関する話題もこれで終わるかと思っていた矢先、西野君から再び連絡があった。 「愛結ちゃんがヤバいんです。(ねえ)さんからひとこと、言ってやってくれませんか?」  実際の兄弟は姉しかいない私を、「姐さん」などと呼んで慕ってくれる年下の友人たちは、私にとって大切な弟や妹分である。頼られたらなんとかしてやりたいと、私は早速愛結に連絡を取った。 「なんかこのところずっと体調が優れなくて……」  暗い声で電話に出た愛結に「お見舞いに行こうか」と言うと、愛結の住むマンションの近くのショッピングモールで落ち合おうと提案された。 「お久しぶりです」  約束のフードコートに部屋着のようなくたびれたスウェット姿で現れた彼女は、前回会ったときよりも更に痩せて、目の下にひどいクマまで作り、疲れ切った表情をしていた。 「すみません、ちょっとメールしてもいいですか」  私の返事を待たずに、椅子に座るなりスマホを操作しはじめる。 「……誰に打っているの?」 「……」 「メールの相手、広輝なんでしょ?」  西野君から聞かされていた。愛結が、広輝に対してストーカー行為を始めだしたことを。メールに電話、つきまとい。分厚い封筒に入った自筆の手紙も、何度も消印なしで広輝のアパートに届けられていたという。更には仕事帰りの広輝を待ち伏せしては、泣いて喚いて叫んで脅して、復縁を迫っているのだとも。 「どうしたの。らしくないじゃん。もう吹っ切って、次に進むって決めたんじゃないの?」  豹変した愛結にほとほと困り果てた広輝は、西野君経由で私に愛結を説得して欲しいと頼んできたのだ。警察沙汰にはしたくないから、なんとか穏便にと。 「……そうなんです、そうなんですけれど」  私の言葉に、愛結は不安げに目を泳がせる。 「分かってはいるんですけど、止められないんです。広輝を逃がしちゃダメだって、頭の中で声がするんです!」  周囲が振り返るような悲痛な声をあげて頭を抱える愛結の背中を、少しでも落ち着けるようにと撫でてやる。可哀想に、こんなにも追い詰められていただなんて。 「ごめんなさい、なんか自分でもこんな風になっちゃったのが怖くて……」 「大丈夫、大丈夫だよ」 「最近、全然安眠もできてなくって」 「そっか。睡眠は大事だよ。ちゃんと眠れれば、気分も落ち着くかもしれないね」  もう、私が話を聞いてあげるだけで済む事態ではないのかもしれない。知り合いの心療内科を脳内でリストアップする。プロに委ねて治療してもらった方が安心だと。そんなことを考えていると、愛結が気になる言葉を口にした。 「夢を見るんです、すごく怖い夢。白い顔の女が、私を追いかけてくるんです」  白い顔の女 ──? 「……やだ、あそこにもいる」  震える指先で、愛結が指さす方向に目をやった。  フードコートの向かい側、旅行代理業者が構える店があった。店頭に飾られているのは「イタリア特集」と銘打たれたポスター。ローマ、ミラノの観光地の写真と並んで、ひときわ目に留まる大きさでヴェネチアのカーニバルの写真が使われている。黒くくり抜かれた目に白い肌の面が、こちらを見ている。愛結の夢にまで現れたという白い面。愛結は広輝から、彼の一族に纏わる面の話は聞いていないはずだ。なのにどうして ──。  取り敢えず、辛い胸の内をすべて吐き出させたあとに、愛結は、彼女のこのところの異常行動に気づき心配しているという姉か母親に付き添ってもらって、私の知人のクリニックで治療を受けると約束をしてくれた。  そして私はすぐに広輝にも連絡を入れて、愛結が見た、白い顔の女の夢の話をした。 「色々、ご迷惑かけてすみませんでした。でも、もうじき全て終わると思います」  広輝は、実家の意向通り、お見合いをしようと思っていると伝えてきた。どんな人かは聞かなくても想像ができた。母親たちと同じ血筋の女性だろうと。  次の年の正月。広輝から届いたのは「結婚しました」の文字が印刷された、写真付き年賀状だった。袴姿の広輝の隣には、菩薩の微笑みをたたえる白無垢姿の女性がいた。  愛結もその後元気を取り戻していき、社会人のダイビングサークルで出会った男性と交際を始めたらしい。海にもまた出かけるようになったと、日に焼けた肌で写った画像をSNSで時折りあげているようだ。  これでもう、二人が白い顔の女を気に病むことはないだろう。  少なくとも、広輝と奥さんの間に、男の子が生まれるまでは ──  
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